アラム・ハチャトゥリアン:交響曲第3番「交響詩曲」


曽雌 裕一

 「剣の舞」を含むバレエ組曲「ガイーヌ」で有名なアルメニアの作曲家アラム・ハチャトゥリアンは1903年の生まれなので、今年は奇しくも生誕100年の記念の年に当たる。そんな節目の年に今日ここで演奏される交響曲第3番は、3管編成の大オーケストラに15本のバンダ・トランペットや高度なソロを伴うオルガンを加えた、まさに異色で豪壮なスペクタクル絵巻ともいうべきオーケストラ音楽の一大極致である。
 1947年12月13日、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルによって初演されたこの曲は、一般的には、第2次世界大戦でのソ連戦勝を記念して書かれた1楽章形式の「勝利のシンフォニー」(初演当初は「交響詩曲」と呼称)と解説され、作曲家自身もそう語る。だが、一見、勝利の雄叫びのような管弦楽の大咆哮の中にアルメニア民族叙情詩ともいうべき民の歌が至る所に散りばめられている事実を見落としてはなるまい。
 1915年、時のオスマン・トルコ帝国によりアルメニア人100万人以上が殺戮される大事件が起こった。世に言う「アルメニア人大虐殺」である(*)。戦争に勝利したソヴィエトへの祝典曲という表向きの動機の裏に、実はこの民族的な屈辱への激烈な怨念と鎮魂の祈りが隠されていたという解釈は確かに音楽界の通説ではない。 しかし、曲は、祝典には似合わない不気味な弦楽器のトレモロから始まると、いきなり7声部に分けられた15本のトランペットによる長大なファンファーレの炸裂となり、それに続くのは、まるで恐怖のあまり常軌を逸したかのようなオルガンのトッカータ風乱れ打ち。中間部は対照的に、中央アジア的色彩に満ちたエキゾティックな旋律が、あたかも永遠の平穏を願う祈りの歌のごとく聴く者の心に染みこんでくるが、それも神経質そうなクラリネットの早い6連符のパッセージで取って代わられた後は、再び不安定な情念の世界に舞い戻り、オルガンの乱打が再現した後に、大争乱を思わせる劇的なクライマックスとなる。 そして、全曲を締めくくる全楽器による一撃は、まるでヘロデ王が「あの女を殺せ!」と叫んで断罪の刃が下る、リヒャルト・シュトラウスの楽劇「サロメ」の最終音を想起させる衝撃的な結末だ。しかも全曲を通じて明るく輝かしいハ長調の響きに支配される箇所はただの1箇所も出てこない。これが本当に勝利を祝う歌なのか。世界が再び戦争の危機に直面しつつある2003年という作曲者生誕100年の記念の年に、この曲の背景をもう一度考え直してみることは決して無意味な試みではないだろう。 なお、この曲は、吹奏楽編曲版以外には、過去日本国内で演奏された明確な記録がない。100%確実ではないが、おそらくは今日の演奏が完全版での日本初演に間違いないはずだ。
 (*)詳細な史実は、松村高夫「アルメニア人虐殺1915-16年」(『三田学会雑誌』94巻4号‐2002年1月‐所収)等と参照。

(*本稿は第2回定期演奏会パンフレットに掲載されたものです。禁無断転載)

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