マーラー:交響曲第3番ニ短調


T.アマチュア・オーケストラ:年に一度の「夏の朝の夢」
 マーラーの作曲した全ての交響曲の中で、最も長大な演奏時間を要する交響曲第3番。アルト独唱や児童合唱まで必要とするため、プロのオーエストラでもそう頻繁に取り上げられることのないこの大曲が、アマチュア・オーケストラによって過去どのくらい演奏されてきたのか、興味のあるところです。 実は、当オーケストラのメンバーがこの曲の国内演奏記録を丹念に調べ上げたデータがあります。(データ作成:山本哲/ヴィオラ) これを参照すると、1993年以降の14年間に次のようなアマチュア団体がこの曲を演奏したようです。 なお、表には記載していませんが、アマチュア初演そのものは1984年に新交響楽団が行った演奏会と思われます。

1993年5月  水星交響楽団第16回定期演奏会 府中の森芸術劇場どりーむホール
指揮/斉藤栄一 アルト/渡辺せつ子 合唱/水星交響楽団合唱団、晃華学園聖歌隊
1993年11月 フィルハーモニックアンサンブル管弦楽団第24回演奏会 東京芸術劇場
指揮/小松一彦 メゾ・ソプラノ/デリア・ウォリス 合唱/アンサンブル・ミミ、ゆりがおか児童合唱団
1995年11月 世田谷交響楽団第19回演奏会 昭和女子大人見記念講堂
指揮/金子建志 アルト/伊原直子 合唱/コールリンツ、秩父市立秩父第一中学校コーラス部
1997年10月 芦屋交響楽団第48回定期演奏会 ザ・シンフォニーホール
指揮/飯森範規 アルト/郡愛子 合唱/オペラハウス合唱団、ノイエ・フラウエン・コア、ころぼっくる合唱団
1999年3月 都民交響楽団第87回定期演奏会 東京芸術劇場大ホール
指揮/末廣誠 独唱/大国和子 合唱/新都民合唱団有志、杉並児童合唱団
1999年6月 千葉市管弦楽団創立25周年記念演奏会 千葉県文化会館大ホール
指揮/土田政昭 アルト/鈴木賀子 合唱/千葉市管弦楽団25周年記念合唱団、八千代少年少女合唱団
2001年7月 市川交響楽団創立50周年記念演奏会 市川市文化会館大ホール
指揮・金洪才 アルト/鳴海真希子 合唱/東京J.Sバッハ合唱団、市川市立菅野小学校
2001年8月 ジャパン・フレンドシップ・フィルハーモニック音樂會 東京文化会館
指揮/高橋敦 アルト/金子恵理 合唱/コールアデナック、戸田市児童合唱団
2002年6月 東京アカデミッシェカペレ第23回演奏会 すみだトリフォニーホール
指揮/金聖響 アルト/手嶋眞佐子 児童合唱/多摩ファミリーシンガーズ
2003年3月 三重音楽発信オーケストラ(一般公募)三重県文化会館大ホール
指揮/矢崎彦太郎 アルト/坂本朱 合唱/三重音楽発信合唱団(一般公募/女声・児童)
2004年9月 東京学友協会交響楽団第77回定期演奏会 すみだトリフォニー大ホール
指揮/松岡究 メゾ・ソプラノ/寺谷千枝子 合唱/武蔵野合唱団、すみだ少年少女合唱団
2004年9月 北海道交響楽団第50回記念演奏会 札幌コンサートホールKitara
指揮/川越守 メゾ・ソプラノ・荊木成子 合唱/札幌放送合唱団、コール・アイオーン、HBC少年少女合唱団ほか
2005年2月 OB交響楽団第160回定期演奏会 なかのZERO大ホール
指揮/遠藤政孝 アルト/菅家奈津子 合唱/第160回定期演奏会記念合唱団、TOKYO FM少年合唱団

 これを見ると、年によっていろいろ異同はあるものの、本日のジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラの演奏を加えて、なんと14年間に少なくとも14回のアマチュア・オーケストラによるマーラー「交響曲第3番」の演奏会が開かれたことになります。マーラーは、当初この曲に「夏の朝の夢」という標題を付けて呼んだりしたのですが、まさに年に一度の「アマチュアの朝の夢」と呼ぶことができるかもしれません。

U.「マーラー:交響曲第3番」の曲目解説
 グスタフ・マーラー(1860−1911)は、ボヘミアのカリシュテという村(現在はチェコ共和国)に生まれた作曲家ですが、15歳のときからウィーンで音楽活動を始め、後年、ウィーン宮廷歌劇場(現在の国立歌劇場)の指揮者・監督として大成功を収めたこともあり、事実上、オーストリアの音楽家としてよく知られています。
 交響曲としては、「大地の歌」を含めて全部で10曲(番号付きは9曲)の作品を完成させましたが、第3番は、第2番「復活」、第4番と3曲合わせて、《歌曲集「子どもの不思議な角笛」と関連した3部作》とグループ分けされることがよくあります。3曲とも、この歌曲集に由来する声楽パートを伴っていることがその大きな理由です。ちなみに第4番の後は、第8番「千人の交響曲」(8人の独唱を必要とします)と「大地の歌」(実質的には交響曲というより大規模な連作歌曲集)という異色作を除いては、声楽を伴った交響曲は全く作曲されませんでした。
 さて、前作の交響曲第2番「復活」を完成させた後、マーラーはすぐに第3番の構想に着手し、1895年の夏にスケッチを開始してから約1年で総譜を仕上げています。このころ、彼は6月下旬から8月下旬の夏の間、ザルツカンマーグート(ザルツブルグ近郊)のアッター湖畔シュタインバッハにあるホテルで創作活動を行うことを常としていましたので、湖周辺の美しい自然がこの交響曲第に大きな影響を与えたことは想像に難くありません。
 マーラーは当初、この交響曲を全7楽章で構想し、各楽章に標題を与えていました。それは、T.牧神は目覚める。夏がやってくる、U.野の花たちが私に語ること、V.森の動物たちが私に語ること、W.人間が私に語ること、X.天使たちが私に語ること、Y.愛が私に語ること、Z.子どもが私に語ること、というものでした。しかし、構想途上で第7楽章は削除され、次の交響曲第4番の第4楽章に転用されることになります。結局、全6楽章構成で曲は完成するのですが、残された6つの標題も、音楽の理解をむしろ妨げるもので、聴衆は音楽自体からその本質をつかむよう努力すべきだとして、譜面の印刷前にこれを全部取り去ってしまったのです。 ですので、この表題を掲示することは本当はマーラーの意に反することではありますが、この短いメッセージによって、かえってマーラーのイメージした楽章の性格がよくわかることもあるため、今でも多くの場合、曲目解説にはこの表題が付されています。総譜は ヴァインベルガー社から出版された後、ユニヴァーサル・エディションに権利が引き継がれ、本日の演奏会でも、同社から出版されたウィーン・マーラー協会版の総譜(UE13822)を使用しています。

[各楽章の聴きどころ]
●第1楽章:力強く。決然と(演奏時間:約40分)
 いきなり8本のホルンのユニゾンによる力強い主題が登場します。これは、ドイツの学生歌「我らは校舎を建てた」の旋律に基づくもので、マーラーはこの主題を「起床の合図」と呼んでいます。いわば「パン(牧神)よ目覚めよ、夏がやってくるぞ」という、これからの物語を暗示する合図でもあるわけです。ホルンのユニゾンによる導入という点では、シューベルトの交響曲第9番「ザ・グレイト」第1楽章冒頭とどこか類似性を感じさせます。
 このあと、たびたび登場するトロンボーンの長大なソロも演奏者の腕の見せどころ。楽章の中心をなす行進曲風の進行(=夏の訪れ)では、木管や金管の精緻なアンサンブルにご注目ください。もちろん弦楽器も難所の連続。信号ラッパの響きや、木々の間にこだまする鳥たちの鳴き声があちこちで聞こえる中、冒頭の主題がホルンに戻ってきて再現部が始まり、おおきなクライマックスを築いた後、全875小節、40分近くの巨大な第1楽章が終わります。

●第2楽章:メヌエットのテンポで、非常に穏やかに(演奏時間:約10分)
 当初付けられていた《野の花たちが私に語ること》という標題に象徴されるとおり、自然への素朴な愛情を謳った間奏曲風の楽章です。冒頭にオーボエが奏でる旋律も、のどかな情感に溢れる美しいメロディですが、低音部を柔らかく演奏することが極めて困難なオーボエという楽器にとって、このわずか9小節のパッセージは、はっきり言って地獄の試練。プロのオーケストラの入団試験にも使われることのある、大変に難しい演奏個所です。

●第3楽章:コモド・スケルツァンド あわてずに(演奏時間:約20分)
 この楽章はスケルツォの一種と考えることができます。形式的には変則的な三部形式を取っていますが、最大の聴きどころは、その中間部にあたる部分で、遥か遠方から聞こえてくるように演奏されるポストホルンの典雅な響きです。通常は舞台裏で演奏されることが多いため、どんな人がどんな楽器で吹いているのかは全曲終了するまでわかりません。本日も是非それを楽しみにお聴きください。なお、この中間部は、《子どもの不思議な角笛》の「夏の日の交代」を引用しています。また、フルート・ピッコロ族が大活躍する楽章でもあります。

●第4楽章:とてもゆったりと、神秘的に(演奏時間:約10分)
 アルトの独唱が初めて登場します。歌詞は、ニーチェの《ツァラトゥストラはかく語りき》第4部の「ツァラトゥストラの真夜中の歌」です。「おぉ人間よ、注意せよ!真夜中は何を語ったか?」から始まり、「その悩みは深い!快楽はその傷心よりも深い。だがすべての快楽は永遠を、深い永遠を欲する」と永劫回帰の哲学を歌います。

●第5楽章:快活なテンポで、表情は大胆に(演奏時間:約5分)
 一転して、鐘の音を模した「ビム・バム」という子どもたちの合唱で始まる軽快な楽章です。しかし、やがて女声合唱やアルト独唱も加わって歌われる内容は、キリスト最後の晩餐の席上でのペテロの裏切りの告白、という決して軽くはない聖書の中の題材です。これも、歌曲集《子どもの不思議な角笛》から取られています。また、この楽章ではヴァイオリンが全く演奏を行わない、という注目すべき音楽的特徴もあります。

●第6楽章:ゆったりと、落ち着いて、感情を込めて(演奏時間:約30分)
 長い長い音楽のうねりの末に、まるで世界が一変したかのような平穏な弦楽器の調べでこの楽章は始まります。しかし、よく聞くと、この主題が第1楽章冒頭で力強く奏されたホルン8本の主題の変形であることに気がつきます。曲は、神への祈りにも似た静謐な弦の響きから、次第に木管楽器や金管楽器と楽器編成を増して重層的に発展していきますが、トランペットの輝かしいコラールを始めとした金管楽器の高らかな響きが、ブルックナーとはまた違った、しかしどこかでその脈絡を共有するかのような荘厳な世界を創り出していきます。そして、ティンパニの印象的な連打を伴って、演奏時間2時間にもなんなんとするこの大曲が、感動的な終幕を迎えるのです。

 本日、この曲を演奏する「ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラ」は、その名のとおり、最初からマーラーの作品を演奏するために活動を開始したオーケストラですが、アマチュア演奏家にとって、この大曲の演奏は、「無謀すれすれの挑戦」であることに変わりはありません。本当に「無謀」だったのか「英断」だったのか、その評価は、本日、演奏家に足をお運びくださった皆様の「耳と「心」のご判断に全てを委ねるしかありませんが、この終楽章がそれこそ「奇跡のように美しい音楽」として会場に鳴り響き、皆様の心の中に深い思いをお届けできるよう、私たちは、今、「無謀すれすれの挑戦」に敢然と挑もうとしています。

(曽雌裕一/オーボエ)

(*本稿は第4回定期演奏会パンフレットに掲載されたものです。禁無断転載)

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