川響オフィシャルウェブ
楽譜係のおしゃべり

楽譜係のおしゃべり No.16(2000/1/17 掲載分)

#♭♪ 眠れぬ森のビジョン ♪♭#

新保 邦明

■似ていると思うと眠れなくなるんです

●「眠りの森の美女」と「チャイ5」の切っても切れぬ関係

 昨年の暮れ、宮前フィルのお手伝いに行ってきました。トランペットの小山さんとトロンボ−ンの漆畑さんが所属しているオケで、小山さんからどうしてもと頼まれたのです。「眠りの森の美女」全曲版からの抜粋を物語形式で演奏するのに、コルネットが一人足らないというわけです(実際はトランペット4本でやることが多い)。ちょうど、川響でも次のファミコンで組曲版を演奏することが決まったばかりだったので、予備練習にもなると思い、お引き受けしました。

 最初の練習に行くまでの間、とりあえず、持っていたアンセルメ/スイス・ロマンドの抜粋版を聴いて勉強していました。ところがパ−ト譜を受け取ってみると、抜粋版に収録されていない曲も何曲かやることになっています。これはまずいということで、さっそく全曲版に買い替えるはめになりました。このように「抜粋版」というのは、買ったときにちょっと得したような錯覚に陥りますが、結局は無駄な出費になることが多いものです。気をつけましょう。

 さて、演奏したことがないばかりか、CDで聴くこともめったになかった「眠り姫」。全曲を通して聴いたのは、おそらく今回が初めてだったと思います。ところが、聴き進むにしたがって、私は不思議な感覚に捕われ始めました。それは「所々だが、以前どこかで練習したことがあるような気がする」という変な気持ちでした。これはどうしたことかと首をかしげていた私は、CDに書いてある「作品66」という文字を見た瞬間、思わず膝を打ちました。つい最近演奏した第5交響曲が「作品64」であることを反射的に思い出したのです。調べてみると予想どおり、作品64は1888年5月〜8月、作品66は1888年10月〜1889年8月というふうに、ほぼ同じ時期に作曲されていることがわかりました。それから私がやった作業というものは、はたから見るととても奇妙なものだったに違いありません。「眠り姫」を聴きながら、チャイ5のどこかに似ているぞと思う箇所が出てきたら、その都度CDを止め、記憶を辿りながらチャイ5のスコアをめくる。「ここだ」と突き止めたら、その部分を耳で確認し「ほほう」と悦に入る。さらに、そこが組曲版に入っている場合は、「眠り姫」のスコアを広げてチャイ5のそれとつきあわせてみる……。暇なやつだと思われるかもしれませんが、ここまでやらないと、私は「眠れぬオケの譜面係」になってしまうのです。

 結果はどうであったか。あるはあるは……。しかも似ているのはチャイ5だけでなく、その直前に書かれた他の作曲家の名曲からも、かなりの相似箇所が見つかりました。ここではその中から代表的な部分をいくつかご紹介しましょう。ただし、組曲版スコアに入っていない箇所もあるので、目安としてアンセルメの全曲版CDにおけるタイムを示しておきます。ご了承ください。

◎プロロ−グ「踊りの情景」(No.2)のタ−タタッというギャロップリズム1回とその合いの手(3:06から)は、チャイ5第1楽章255〜8小節の雰囲気と極めてよく似ている。

◎プロロ−グ「終曲」(No.4)に出てくるヴァイオリンの16分音符の動き(4:05から)は、チャイ5第3楽章72〜6小節とそっくり。

◎第1幕「パ・ダクシオン」(No.8;薔薇のアダ−ジョ;組曲の2曲目)47〜8小節(3:10から)のオ−ケストレ−ションは、チャイ5第2楽章141〜2小節と同じパタ−ン。ここを似ていると感じない人は、音楽的センスを疑われるかも。

◎同上34〜7小節の弦と木管のトリル(2:17から)は、リムスキ−・コルサコフの交響組曲「シェヘラザ−ド」(初演:1888ペテルブルク)の「海とシンドバットの船」を連想させる。

◎第1幕「終曲」(No.9)での勝ち誇ったカラボスの不気味な踊り(1:33から)は、ムソルグスキ−作曲、リムスキ−・コルサコフ編曲「禿山の一夜」(初演:1886年ペテルブルク)130〜3小節にそっくり。盗作と言われても仕方がない?

◎第2幕「パ・ダクシオン」(No.15;オ−ロラ姫とデジレ王子の情景)冒頭のソロ・チェロ(0:06から)は、チャイ5第2楽章45〜6小節のチェロ旋律にそっくり。これに気付いていないチェリストは「もぐり」。

◎第2幕「パノラマ」(No.17;組曲の4曲目)44〜7小節(2:24から)のチェロの下降音型は、ブラ2(初演:1877ウィ−ン)第1楽章の基本動機「ド−シ−ド−」(最も似ている所は274〜7小節のヴァイオリン)を連想させる。

 こんなことをして喜んでいる私は、いわゆる「オビョ−キ」なのでしょうか。同じ症状をお持ちで、何か効果的な治療法をご存じの方がいらっしゃれば、ぜひ教えていただきたいと思います。誰です?「私もそういうの好きだから『眠れぬ弦の美女』かも……」なんて言っているのは!

 

■推薦CD

●チャイコフスキ−:バレエ音楽「眠りの森の美女」全曲、アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管(LONDON, 2枚組, 1959)

 全曲版と銘打ってはいますが、若干のカットはあるようです。録音もやや古いので、これにこだわることはありませんが、持っていて損はない名盤です。くれぐれも「ハイライト」でお茶を濁さないようにしましょう。今度演奏するのは組曲だけですが、この機会に全曲を味わいながらファンタジ−の世界に浸ってみてはいかがですか。機会があれば、バレエも観賞してみたいですね。

 

川響楽譜係(Tp新保)

 TOPページへ  楽譜係のおしゃべり目次へ