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楽譜係のおしゃべり

楽譜係のおしゃべり No.17(2000/2/21 掲載分)

#♭♪ 安らぎのリズム ♪♭#

新保 邦明

■音符に隠された癒しの力

 「癒しの音楽」と言うと、あなたはどんな曲を連想なさいますか。グレゴリオ聖歌でしょうか。ジョスカンのミサ曲かもしれませんね。それともマ−ラ−やブルックナ−のアダ−ジョ楽章でしょうか。フォ−レのノクタ−ンやシベリウスの後期交響曲もいいですねえ。いずれにしても、遅めのテンポでゆったりと流れていく音楽をイメ−ジする人が多いのではないでしょうか。

 ところが実際には、そんなにゆったりではないにしろ、聴いているうちに深い安心感を覚える魔法のような曲というのもあります。その中には「安らぎ」を感じる理由が、科学的に証明されているものもあるようです。有名な例は、ベ−ト−ヴェンの第4交響曲第2楽章。タ−/タッタ−/タッタ−/タッタ−というリズムが延々と続きますが、このパタ−ンは、実は人間の心臓の鼓動とピッタリ一致しているのです。これは、フランスの詩人・小説家で医学者でもあったジョルジュ・デュアメルが著書「慰めの音楽」(尾崎喜八 訳;白水社)の中で初めて指摘したことです。彼は「このシンフォニ−と、同時代に書かれたラエネックの『間接聴診論』との相関関係について証明するようなことは、ここでは差し控えておこう」とまで言っています。

 私はこれを読んだ後すぐ、最愛の人(たまたま寝そべって本を読んでいた)にお願いして心臓の音を聞かせてもらいました。ドック−ン/ドック−ン/ドック−ン/……。なるほど第2楽章のリズムとそっくりだ。よく聴くと、音程までもソッド−/ソッド−にかなり近い。フ〜ンと感心しているうちに「安心」してしまった私は、そこから記憶がなくなりました。あっという間に眠りに落ち、妻の胸で寝息をたててしまったのでした。胎児のころ、子宮の中で長い間聴いていたドック−ン/ドック−ンというリズムに潜む絶大なる「癒しの力」に、今さらながら驚嘆しました。

 そんなことがあってしばらく後、ブラ1の第2楽章(27〜35小節)を練習していたときに、指揮者の藤本さんが「ここはベ−ト−ヴェン4番の第2楽章を意識してますからね」とおっしゃったことがあります。私はその瞬間まで全然気付いていなかったのですが、確かにここも、タ−/タッタ−/タッタ−/タッタ−というリズムを積み上げて作られています。この部分がひときわ安らぎに満ちて聞こえるのはそのせいだったのかと、これまた感心してしまいました。

 心臓の鼓動と似ているから安らぎを感じるという説は実に単純ですが、リズムやテンポの意味を深く考えさせられるという点で、なかなか示唆に富むものだと思います。最近は1/fゆらぎ説や、タンパク質のアミノ酸配列とメロディーラインとの関係説など、音楽の美しさを生理学的に証明しようとする試みがいろいろなされていて、興味は尽きません。しかし、そのような「詮索」にのめり込む前に、忘れてならないことがありますよね。

 天を仰いで心から感謝しましょう。地上に住む私たちにさえ、天上の喜びである「音楽」の一部を自由に楽しむ権利が、ほぼ平等に与えられていることを……。

 

■推薦CD

●ベートーヴェン:交響曲4(&2)、イッセルシュテット指揮、ウィーンフィル(LONDON, 1966)

 私のCDライブラリーは新陳代謝が激しく、「表舞台」に10年以上居座っているものはそんなに多くはありません。たとえ世間で超名演と言われていても、私の審美眼にかなわないものは、そのうち「裏」(売却候補)に回されてしまうからです。このような厳しい「生存競争」を淡々と勝ち抜いて現在に至っているイッセルシュテットのベートーヴェンは、一生手放さないと決めている最高の「スタンダード」です。

 

川響楽譜係(Tp新保)

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