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楽譜係のおしゃべり No.19(2000/4/17 掲載分)
#♭♪ 天への階(きざはし) ♪♭#
新保 邦明
■白夜光からの幻想
シベリウスの第2交響曲は、ミミ|ミミミファファファ|ソソソ という穏やかな上昇音型で始まる(譜例1-a)。楽譜を眺めると、ゆるいスロープの階段を、一段に数歩ずつかけてゆっくりと昇っていくようだ。この「階段」のイメージは、全曲を通じていろいろなところに現われてくる。急な石段があるかと思えば(譜例1-b)、エスカレーターもある(譜例1-c)。第3楽章末尾からフィナーレ冒頭にまたがる階段は、どっしりとして印象的だ(譜例1-d)。一歩一歩力強く踏みしめながら昇っていき、ついに頂上へ到達したという感じがする。そして極めつけは、クライマックスにおける高弦のトレモロ階段(譜例1-e)。これはもう、まばゆい光を放ちながら天に向かって一直線に伸びる「空中階段」である。
このような上昇音型を執拗に取り入れたこの曲はいったい、どのようにして生まれたのだろう。そして、シベリウスは何を表現したかったのだろう。私はずっと疑問に思っていた。ところが最近、一枚の絵を見ているうちにある幻想が浮かんだ。その絵とは、東山魁夷の「白夜光」。森と湖がはるか彼方まで折り重なって縞模様を作り、ほの暗い空へと静かに溶け込んでいく……そんなフィンランド独特の風景を描いた美しい作品である。じっとその絵を見ていた私は、風景全体が、とてつもない幅を持ったゆるやかな階段のように見えることに、突然気がついたのだ。シベリウスもこのような大自然の中に佇み、同じような幻想を抱いたのではないだろうか。私はごく自然にそう思った。
「あわてることはない。ゆっくりと昇ってくるがよい。この先が天国へ通じていることは私が保証する。もう何も恐れることはないのだよ」
どこからともなく響いてくる慈しみにあふれた声……。瞑想していた作曲家は、はっとして視線を斜め上方へ転じた。するとどうだろう。雄大な階(きざはし)が、自らの足元から天上へ向かってゆるやかにまっすぐに伸びているではないか。なぜ今まで気がつかなかったのか……。彼は喜びにうち震え、目にいっぱいの涙を浮かべながら、静かにその一歩を、記念すべき第一歩を踏み出した。
ミミ|ミミミファファファ|ソソソ ミミ|ミミミファファファ|ソソソ ミミ|ミミミ ミミ|ミミミ ……
この静かな主題には、大切な一歩を踏み出せたことに対する感謝の気持ちが凝集されているように思う。スコアの表紙に記されてはいないが、シベリウスはこの曲を、主にささげるために創ったのに違いない。それゆえ、終曲では賛美の歌が高らかに鳴り響き、最後の3小節は祈りを込めた「アーメン終止」で閉じられるのである(譜例2)。
主イエスの恵みがすべての者とともにあるように。アーメン。(黙示22:21)
■推薦CD
録音の新しいものから順にご紹介します。コメントは2番についてのものです。
●シベリウス:交響曲1,2&3、ベルグルント(指揮)、ヨーロッパ室内管(FINLANDIA,
1997, 2枚組)
ヘルシンキフィルとの録音(EMI, 1986)が「男のパワー」なら、この最新作は「男のロマン」。ダイナミックな表現に繊細さと深みが加わった。響きは室内楽のように透明。
●シベリウス:交響曲2&4、サラステ(指揮)、フィンランド放送響(FINLANDIA,
1993)
直接、作曲家の魂と交わっているような気持ちにさせられる。こんなに自然で美しいシベ2はまたとない。いろんな演奏を聴きまくった後で再びこれに戻ると、本当にほっとする。
●シベリウス:交響曲2、秋山和慶(指揮)、札幌交響楽団(FANDANGO,
1990)
カラッとした北欧の空気を深呼吸するような爽やさがある。彫りが深く、哀愁をたたえた大人の演奏。トロンボーンの音色がやや硬いのが残念。
●シベリウス:交響曲2、バーンスタイン(指揮)、ウィーンフィル(Grammophon,
1986)
ウィーンフィルが完全燃焼した超重量級熱演ライヴ! 体調が悪いときにうっかり聴くと発熱する。金管奏者は、この演奏を知らずしてシベ2を語るべからず。
●シベリウス:交響曲2ほか、セル(指揮)、ロイヤル・コンセルトヘボウ管(PHILIPS,
1964)
少しの曖昧さも残さない厳格なアプローチは、他の追随を許さない。フィナーレ冒頭のテューバとティンパニがきちんと半拍ずれて聞こえるのが、気持ちよい。アーメン終止も美しい。
川響楽譜係(Tp新保)
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