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楽譜係のおしゃべり

楽譜係のおしゃべり No.21(2000/7/17 掲載分)

#♭♪ 異常さゆえの美しさ ♪♭#

新保 邦明

■体で感じてほしい異常性

 モーツァルトの音楽は単純明快に作られていると思われがちだが、すべてがそうとは限らない。とくに最晩年の交響曲クラスになると、かなり革新的な実験も行なわれているようで、一筋縄ではいかない。中でも、今月末に演奏する交響曲第40番は、要注意である。いたるところに「異常」とも思える斬新な響きが散りばめられているので、それらをよく感じた上で、作曲家の意図を「美しく」表現するよう努めなければならない。

 私は、モーツァルトの40番を聴く醍醐味は「不協和音」にあるとさえ思っている。なぜなら、普通でない音を、確信を持って書いているところにこそ、彼の天才が感じられるからである。そういうところに十分神経を配って美しい演奏をするための第一歩は、「どこが異常なのか」に気づき、「異常さゆえの美しさ」に感動することだと思う。手始めに、お手持ちのスコアで以下の部分を調べてみてほしい。それによって、より多くの方がこの曲の先進性を再発見し、今まで気にしていなかった部分にも神経を使って演奏してみようと思ってくれれば、たいへん幸せである。残された時間はあとわずかだが、聴き手の心に迫っていくような深みをもった40番に仕上げるべく、全員で研究を続けていこう。

 ただし、私は和声学にはあまり詳しくないので、感覚的に議論することしかできない。その点をご容赦願いたい。

◎第1楽章 第291小節

 第1ヴァイオリンの旋律音Fisに対して、チェロ・バスがGで応じる。安易に協和を求めてFisやAに移ることを拒み、オルゲル・プンクト風にG音を維持するところがすばらしい。これによって、なんとも言えない不安感が醸し出されている。

◎第2楽章 第33小節 (第104小節も類似)

 フルート、第1クラリネット、第2ヴァイオリンのH(記譜上はCes)に対して、第1オーボエ、第2クラリネット、第1ヴァイオリンがB音で激しくぶつかる。中でも、先行小節でBを弾いていた第1ヴァイオリンがわき目も振らず同じ音で飛び込んでいくさまは、強烈である。

◎第2楽章 第85小節

 チェロ・バスがpで延ばすC音に、第1ヴァイオリンのDesが恐る恐る乗りかかる。テンポがゆっくりなため、4拍目で和声的に解決するまでの時間はかなりある。そのせいか、非常にミステリアスな印象が残る箇所である。

◎第2楽章 第92小節 

 頭の音がすさまじい。フルートがAs、クラリネットがF、第1ヴァイオリンがG。ほんの瞬間とはいえ、こんなに濁った響きが突如として現れると、ドキッとする。200年前の聴衆はどのように感じただろうか。後輩のベートーヴェンは次のような名言を残しているが、モーツァルトはそれを先取りし実践していたのだ。

 「さらに美しい」ためならば、破り得ぬ(技術的)規則は一つもない

◎第3楽章 第16小節 (第22小節も類似)

 フルート、オーボエ、クラリネット、ヴィオラ、チェロ・バスが主旋律のD音を延ばしているところへ、ファゴット、ヴァイオリンの対旋律音Esが容赦なくぶつかっていく。メヌエットだからと言って甘く見てはいけない。上昇しながら畳み掛けていく第29〜33小節のフガートとともに、モーツァルトの激しい気性が前面に押し出された、まことに厳しい音楽である。優しさにあふれるトリオとの対比が心憎い。

◎第4楽章 第125〜132小節

 ここは和音ではなくリズムが過激なところだ。楽譜を見ないで聴いている人は、休符の長さが予期したのとずれるため、何拍子なのか全く分からなくなってしまう。初演当時の聴衆は大いに面食らったことだろう。そうは言っても、この曲のスコアを何度も眺め、さらには「春の祭典」のような難曲にも十分親しんでいるはずの私たちが、これしきのリズムに「引っかかる」のはちょっと恥ずかしい。天国で聴いているモーツァルトに、「してやったり」と笑われるぞ。

 

■危険なCD

●モーツァルト:交響曲38, 39, 40&41、アーノンクール(指揮)、ヨーロッパ室内管(ULTIMA/TELDEC, 1993/1991, 2枚組)

 この40番を初めて聴いたときの衝撃を、私は一生忘れないだろう。第1楽章での奇抜なフレージングに息を呑み、第4楽章 第125〜132小節のデフォルメされたリズムで度肝を抜かれるまで、スリルと発見の連続であった。モーツァルトの音楽に、ここまで危険な猟奇性が潜んでいるとは思いもしなかった。楽譜に書いてないことまでやってしまっているのは事実だが、それに対して「反感」を寄せつけるような隙が全くないのだ。最初はヘンでも、聴きこむうちにそれが「正解」に思えてくるのだから、油断できない。モーツァルトに天使のイメージを重ねている甘チャンのあなた! 今すぐこれを聴いて、目を覚ましてほしい。

 

川響楽譜係(Tp新保)

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