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楽譜係のおしゃべり

楽譜係のおしゃべり No.26(2000/12/18掲載分)

#♭♪ アマチュアの特権 ♪♭#

新保 邦明

■練習を重ねるにつれて曲に惚れ込む

 いきなりですが、石川さゆりのヒット曲「津軽海峡冬景色」の出だしを歌ってみていただけますか。

♪ 上野発の夜行列車降りたときから〜 (譜例1)

 もしかしたら、今の若い人たちはご存知ないかもしれませんね。でも、カラオケのレパートリーには必ず入っている演歌の名曲ですから、どこかで一度は耳にしたことがあるはずです。譜例1を頼りに思い出してみてください。

 それでは次に、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調の冒頭をハミングしてみましょう。

 ♪ タータターラ、ティティーヤ、テリラタリロー (譜例2)

 どうですか。似ているでしょう? 適当な歌詞さえ付ければ、石川さゆりがレコーディングしたってちっとも不自然ではありませんよね。「テリラタリロー」のところなんか、じつに渋くてたまりませんなあ。目をつぶってマイクを握りしめたくなる人もいるのではないでしょうか。

そう、私たち日本人が「メンコン」の冒頭にシビレてしまうわけは、メロディーが演歌そのものだからです。いったいなぜ、こういう妙なことが起こったのでしょう。楽譜を見てすぐに分かることは、旋律にD音、すなわちe-mollの第7音(ソ)が使われていないため、あたかも(H音から始まる)陰旋法で書かれたように聞こえる、という点です。演歌的情緒が醸し出されている理由は、じつはこの一点に尽きるのです。西洋音階の中のたった一つの音を飛び越えるだけで、たちまち「哀愁」を帯びたメロディーができてしまう……。音楽と人間の感情との関係って、なんて神秘的なのでしょう。

聴き手の心を揺さぶるようないい演奏をしたいなら、まず、演奏者自身が曲に惚れ込む必要があります。その点、次回のプログラムは全く問題がないと言ってよいでしょう。演歌的魅力をたたえたメンコンをはじめ、運命、フィンランディアと名曲ぞろいだからです。でも、「よく知っているから」とか「前にやったことがあるから」という理由で練習をサボったり、いいかげんにさらってきたり、というようなことのないようにしてください。そんな気持ちでは、作品への愛情など生まれるはずがありません。どんなに慣れているつもりの曲でも、初心に返って練習しなおせば、「こんなにいい曲だったのか」と改めて感動することが多いものです。練習中にどれだけの「発見」と「感動」を体験し、共有できたか。これが本番の出来不出来を決める重要な要因ではないか、と私は思っています。

「きょうの練習に出てよかったなあ」と満足した気持ちで、メンコンをひそかに熱唱(?)しながら家路につく……。そういうことの積み重ねが曲への理解と愛情をはぐくんでゆくのです。私たちアマチュア演奏家は一回の演奏会のために費やす練習回数が比較的多いので、曲に惚れ込むための時間的余裕が十分に与えられています。これは特権と言ってもいいと思います。一回一回の練習を大切に積み上げてこそ到達できる、作品への純粋な愛と畏れ。それを本番で力いっぱい表現するのが、私たちアマチュア演奏家の使命であり、幸せなのではないでしょうか。

 

■推薦CD

●メンデルスゾーン:Vn協奏曲、チョン・キョンファ(Vn)、デュトワ(指揮)、モントリオール響 (DECCA, 1981)

 ダイナミックで情熱的な演奏。ソロのpizz.や<>が小気味よくキマッており、オケは甘口でバランス極上。

メンデルスゾーン:Vn協奏曲、フランチェスカッティ(Vn)、セル(指揮)、クリーヴランド管 (SONY, 1961)

 虚飾を排した爽やかな演奏。ソロは音色が美しいので、淡白な表現がむしろよく似合う。オケは辛口で完璧。

 

川響楽譜係(Tp新保)

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