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楽譜係のおしゃべり

楽譜係のおしゃべり No.6(1999/4/19 掲載分)

#♭♪ 想い出の結婚行進曲 ♪♭#

新保 邦明

■楽譜係の自叙伝

 クーラの結婚行進曲を初めて聴いたのは、ドイツから帰国して間もないころのことでした。会社(化学関係)から2年間の留学を突然命じられた私は、息が詰まるほどつらかった結婚生活を思い切って清算し、単身でマインツへ飛んだのです。変化に富む海外生活の間に、離婚の傷はほとんど癒えてしまったかのように見えました。しかし帰国してみると、日に日に空しさは募るばかり。「自分はこれからいったい何のために、誰のために生きていこうというのだろう」 そんな滅入った気分のときには、華やかなオーケストラ曲など、とても聴く気にはなれないものです。「何か静かな曲を……」と探していた折り、偶然手にしたのが「フィンランドピアノ名曲コレクション」というCDでした。冒頭のシベリウスを聴き始めてすぐ、「これだ、求めていたものは」と思いました。聴き進むにしたがって、心が安らいでいくのがわかります。ひんやりと響く北欧の音楽は、聴く者に人懐っこく語りかけてはこない。しかしそれだけに、黙って悩みを聞いてくれる心の友がそばにいてくれるような、不思議な安らぎを覚えました。そして、アルバム最後の曲が静かに始まったとき、私は急に目頭が熱くなり、涙をこらえることができなくなりました。「そうだ。結婚というものはこうでなくてはならない」 一瞬、葬送行進曲かと疑うほどに厳粛な出だしと、清澄で慈愛に満ちた中間部。そして最後は、重厚な和音の余韻に控えめなエコーが優しく溶け合う永遠の安心感。あの日、5分足らずのこの曲を何度繰り返して聴いたことだろう。……トイヴォ・クーラ。それまで名前を聞いたことすらなかったフィンランドの作曲家が私に再婚の希望と勇気を与えてくれた、忘れることのできない一日でした。

 この曲が全音ピアノピースに入っていることを知った私はさっそく入手し、無謀にも練習をし始めました。習ったこともないくせに数年前Rolandの電子ピアノを買い、自己流でやっと「雨だれ」が弾けるようになったばかりの私がですよ。でも無性に弾いてみたかったのです。一度にたくさん押さえるので大変そうに見えましたが、テンポが遅いので数ヶ月でなんとか弾けるようになりました。今の家内に出会ったのがちょうどそのころで、彼女もピアノを嗜み、この曲をとても気に入ってくれたのです。翌年6月の結婚式では、この曲をオルガンの音色で演奏してもらうことが実現し、名実ともに二人にとって想い出の曲となりました。ですから私たちは、この曲を聴くたびに、また弾くたびに、結婚の神聖さに想いを馳せ、初心に返ることができるのです。

 結婚は、眼に見える事物のなかでは最も神聖なものである。(ヒルティ)

 人との出会い。曲との出会い。そこには、単なる偶然として片付けることのできない「何か」があると私は思うのです。いや、本当は人生に起こる何事も、偶然ではないのかもしれません。

 

■推薦CD

●「フィンランドピアノ名曲ベストコレクション2」、舘野 泉(p)(Pony Canyon)

 とにかく美しい。最近は分売されていますので、クーラの結婚行進曲が入っている第2集のほうをまず聴いてみてください。メリカントの小品なども親しみやすくていいですよ。

●ラフマニノフ:P協奏曲2/グリーク:P協奏曲イ短調、舘野 泉(p)、井上喜惟(指揮)、チェコ・ナショナル交響楽団(FIREBIRD, KICC 201)

 舘野さんのリリックなピアノソロを聴いた人は誰でも「コンチェルトを弾くとどうなるのだろう」と期待に胸をふくらませることでしょう。このCDがあなたの夢を100%叶えてくれます。われらがマエストロの名サポートでどうぞ。1996年2月、プラハでの録音。店頭になくても、注文すればすぐに手に入ります。

Finlandia Sound Souvenir 1: Orchestral Favourites(FINLANDIA; 3984-24449-2)

 クーラの結婚行進曲は、フルオーケストラに編曲してもやはり美しかった。つい最近見つけたこの輸入盤の5曲目に入っていました。このシリーズは、フィンランドの音楽に心底はまってしまった人にだけお薦めします。

 

■参考楽譜

●全音ピアノピースNo.466/クーラ:「二つのピアノ小品(エレジー、結婚行進曲)」

 この譜面に付いている舘野さんの解説がとても美しいので、そのまま引用させていただきます。

 クーラの「結婚行進曲」で結婚式を挙げる若い人達が最近日本でも増えてきた。ワーグナーやメンデルスゾーンのような豪華華麗な趣きはまったく無く、素朴で慎ましくて憂いさえ帯びたクーラの曲は、その清楚な情感のゆえにこそ、愛しあうふたりに好まれるのだろうか。

 白樺の若葉が爽やかに、そして周囲には野の花が一面に咲ききそう6月の教会で、触れ合うふたりの手のなんと初々しく優しさに満ちていることか。そんなことを想像させるこの曲はフィンランドでは実際、最も多く結婚式に使われている。教会のオルガンで奏されると、素朴ななかにも祝祭のおごそかさが加わって、ピアノ伴奏のオリジナル版とはまたひと味異なった美しさとなる。(ヘルシンキにて 舘野 泉)

 <注> 中間部最後の音(第50小節4拍目の左手)はAではなくてAisです。#が落ちていますので、訂正してお弾きください。なお「エレジー」も弾いてみるとなかなかいい曲ですが、残念ながら上記のCDには入っていません。

 

川響楽譜係(Tp新保)

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