4月定期プログラムより
(2006年4月23日)
9. 『公共労組ストライキとドイツのオペラ公演』

 2月以降、ドイツでは公共労働組合のストライキが数週間にわたって続きました。ドイツのオペラ劇場は州や市など公が直接運営するところも多く、したがって劇場従事者も公共労組の組合員になっています。ただし、これは衣裳や技術など裏方の人たちです。年限契約の歌手などは立場が異なります。
 1990年の東西ドイツ統一以来、教育・文化部門への補助金は削減される一方です。劇場でも必要人員の確保が難しくなっています。ただでさえ、ぎりぎりの人数で運営している劇場に今回のストライキは大打撃を与えました。
 ドイツ・オーケストラ連盟も、このストライキを支援しました。ドイツ再統一以来オーケストラの統廃合、縮小等でほぼ40%の職場が消失しました。これはとくに旧東独地域で顕著です。多くのオーケストラが現在運営の危機にみまわれており、この状況を公に訴える必要があるからです。
 今回のストライキではこれまで多くの劇場が公演中止、延期、あるいはコンツェルタンテ上演などへの変更を余儀なくされました。オペラ公演ではミュンヘン、シュトゥットガルト、ハンブルク、マンハイム、ハイデルベルク、ブラウンシュヴァイク、ハノーファー等で大きな影響が出ました。
 シュトゥットガルト・オペラでは売り切れの≪フィガロの結婚≫が公演中止になり、1400枚のチケット払い戻しを行い、4万ユーロの損失を被りました。≪ドン・ジョヴァンニ≫など2月から3月初旬の公演はほとんどコンツェルタンテ上演に切り替えられました。ミュンヘンのバイエルン州立オペラでは、≪カルメン≫や≪ラインの黄金≫公演がコンツェルタンテ上演に代えられました。ハンブルク州立オペラでは≪シモン・ボッカネグラ≫公演が40人のステージ技術者、照明技術者、窓口係、衣裳制作者のストライキのため、ステージを簡略化し上演を決行しました。ハノーファーにあるニーダーザクセン州立オペラでは二期会との共同制作≪さまよえるオランダ人≫新制作初日が2月26日から28日に延期されました。ストライキが収束してもオペラ上演がすぐ行われるわけではありません。公演によっては美術装置が何十ものコンテナに収められています。このコンテナを何十キロも離れた倉庫から劇場に運び込み、数日かけて組立作業を行うからです。
 こんな状況下、ミュンヘンのバイエルン州立オペラでは≪さまよえるオランダ人≫新制作が2月26日、無事初日を迎えました。演出はスター演出家ペーター・コンヴィチュニィ。コンヴィチュニィ新演出初日にはドイツ内外から多くの音楽・オペラファン、劇場関係者、批評家、ジャーナリストが集まります。この日もウィーン国立歌劇場総裁ホーレンダーやリヒャルト・ワーグナーの曾孫でフランツ・リストの曾々孫にもあたるニケ・ワーグナーの顔も見えました。チケットは発売早々に売り切れました。今年の冬は異常に冷え込みましたが、その雪と氷、寒さの中、オペラハウスの周囲には「チケット求む」と書いた紙を持った人が数多く立っていました。こんなに人気の高い新演出初日を延期、変更することはやはりできなかったのでしょう。
 劇場内部は熱気に満ちていました。公演後のカーテンコールでは『ブラボー』90%、『ブー』10%というところでしょうか、ここ数年のコンヴィチュニィ演出初日では『ブラボー』が圧倒的になっています。以前は『ブラボー』と『ブー』が大激突、演出家に罵声を浴びせる人、演出家めがけてトマトを投げる人もいました(余談ですが、トマトを持ってオペラのプレミエ公演に出かける人って、どんな人でしょう?)。
 ところでオーケストラ等のコンサートではこのような『ブー』に遭遇することはまずありません。『ブラボー』が出ることはありますが、オペラ公演よりずっとおとなしいのが普通で、素晴らしいコンサートの場合、スタンディング・オーヴェーションと拍手で讃えるのが通常です。
 コンヴィチュニィ演出といえば、2月中旬、東京・渋谷のオーチャードホールでシュトゥットガルト・オペラの初来日公演が行われました。上演作品はモーツァルトの≪魔笛≫です。公演前、ドイツのオペラ関係者から「日本人はオペラというと『豪華装置の前で豪華衣裳を身に着けた有名歌手が歌う』と思っている。シュトゥットガルト・オペラのような『アンサンブル・テアーター』の美学とコンヴィチュニィの演出美学は、日本人に理解され受け入れられるとは思えない」という、とても懐疑的な意見をたくさん聞きました。ところが全公演のチケットは完売し、メディアもとても注目しました。そして「シュトゥットガルト・オペラ、日本公演大成功」というニュースはドイツにも即刻伝わり、関係者に驚きをもたらしました。ドイツの劇場関係者から「日本人はウィーンなどの有名ブランド好きだと思っていたのに・・・。日本人も変わってきたんだね」と言われると、腹立たしいような嬉しいような、複雑な気持ちになります。

『さまよえるオランダ人』バイエルン州立オペラ:写真はコチラ

『さまよえるオランダ人』ハノーファー・オペラ:写真はコチラ