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5月定期プログラムより
(2006年5月25日)
10. 『指揮者への道』

 指揮者はどのようにして修行・修養するのでしょう?もちろん基礎教育の場として、音楽大学があります。しかし音楽大学を卒業しただけで、すぐにプロの指揮者としてスタートできるわけではありません。最近では20歳代で脚光を浴びるスター指揮者もいます。たとえばダニエル・ハーディングが一例です。しかしこれは非常に稀な例です。
 数多くの名指揮者を生んだドイツではオペラ劇場が修行・修養の場です。世界一の音楽大国ドイツには全国に80にのぼるオペラ劇場があり、指揮者を目指す人にとっては最も環境の充実した、そしてチャンスに恵まれた国です。これを簡単にご説明しましょう。

 指揮者修養のまず第一歩は劇場のコレ


ヴッパータール・シュタットハレ・ホール外観

ペティトアです。コレペティトアは歌手の歌稽古のピアノ伴奏をします。ここで歌手の呼吸と音楽の呼吸を学び、ピアノを弾くことによりオーケストラの各パートを10本の指でひとつひとつ確認することができます。
 次のステップは劇場専属指揮者(カペルマイスター)です。ただしライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の主席指揮者はゲヴァントハウス・カペルマイスター、ケルン・ギュルツェニヒ管主席指揮者はギュルツェニヒ・カペルマイスターとよびますが、これはそれぞれ市の音楽総監督を意味します。一般には、カペルマイスターは音楽総監督のアシスタントとしてオペラ、オペレッタの音楽稽古やレパートリー公演の指揮をします。まれにプレミエ公演(新制作)指揮を任されることもあります。バレエ・アンサンブルを抱えている劇場ではバレエ公演指揮もします。歌手の中に浅い呼吸、深い呼吸の人がいるようにダンサーの中にジャンプの高い人、低い人、歩幅が広い、狭い人がいます。またその日の調子も大きく影響します。歌手やダンサーの能力や調子を瞬時に判断し、それにあわせて音楽を作り出す柔軟さを養います。カペルマイスターは公演現場でさまざまな公演中に発生するトラブル回避の危機管理術を学び、経験とレパートリーを増やしてゆくわけです。



ヴッパータール・シュタットハレ・ホール内部

 優秀なカペルマイスターとして認められると、音楽総監督への道が開けます。しかしカペルマイスターが所属していた劇場の音楽総監督にそのままランクアップすることはまれです。通常は少々ランクの下がる劇場の音楽総監督に就任し、劇場のランクを上げてゆきます。ついでに劇場のランクについてご説明しましょう。
 ドイツのオーケストラには、ベルリン・フィルや放送局専属の別格を除き、A、B、C、Dとランクが付いています。これはオーケストラの規模を反映したもので、待遇にも反映します。オペラ劇場のランクは専属オーケストラのランクをほぼそのまま引き継いでいます。したがって待遇のよい劇場のオーケストラやコンサート・オーケストラには優秀なメンバーが集まります。これで音楽的・芸術的に高度な公演やコンサートが実現できるわけです。よく「有名歌手が歌った素晴らしい劇場」という評価を目にしますが、その劇場の評価は歌手の出演で決まるものではありません。有名歌手といえども、大劇場で初役を歌う前に中小劇場で準備・経験することが多いからです。このランクはドイツ劇場協会が毎年出版する年鑑『Deutsches B?hnenjahrbuch』(ドイチェス・ビューネンヤールブーフ)に記載されています。この年鑑はドイツ、オーストリア、スイス等のドイツ語圏のオペラ劇場、コンサート・オーケストラ、放送オーケストラ、音楽祭に関するすべてのアドレス、音楽家と管理部門で働く人々の名前も記載されています。この年鑑はドイツ語圏やオペラ関係者にとっては聖書のような存在です。
 さて音楽総監督(GMD、ゲー・エム・デー。Generalmusikdirektor、ゲネラルムジークディレクトアーの略)は通常、シーズン上演プログラム、指揮者や歌手、演出家の選定など音楽に関係するすべてについて、オペラ支配人と協議しながら決定する権利を持ちます。音楽総監督が劇場支配人を兼務する場合もあります。劇場専属オーケストラはコンサートも行い、音楽総監督はコンサートのプログラムづくりの責任を負います。
 大雑把にいうと、コレペティトア時代が20歳代、カペルマイスター時代が30歳代、音楽総監督は40歳代以上が多いようです。なかには20歳代で音楽総監督に就任する指揮者もいますし、このプロセスを踏まずに大劇場の音楽総監督に就任する指揮者もいます。たとえば日本人では若杉弘さん、小澤征爾さん、大野和士さんがAクラス劇場の音楽総監督に就任しました。日本人でドイツ式な修行をして、現在Aクラス劇場の音楽総監督を務める指揮者は唯一人、上岡敏之さんだけです。彼は芸大、ハンブルク音大卒業後、コレペティトア→カペルマイスター(キール、エッセン)→音楽総監督(ヴィースバーデンとヴッパータール、両劇場ともAクラス、ヴッパータールでは市の音楽総監督も務めます)という経


上岡敏之指揮、ヴッパータール響のコンサートから

歴の持ち主です。
 オペラ制作には音楽家以外の人たちとも一緒に長時間の共同作業を行わなければなりません。コンサートは短期間集中
して高い音楽的レベルを達成しなければなりません。競走にたとえると長距離と短距離の両方に秀でていなければならないわけです。この両方に秀でてはじめて名を残す指揮者となれるのです。フルトヴェングラー、カラヤン、クライバー、ヴァントなど歴史に残るドイツ系名指揮者はみんなこの道を歩んできました。