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6月定期プログラムより
(2006年6月23日)
11. 『ドイツの地方分権と文化』

 ドイツ連邦共和国はオペラ劇場やオーケストラの数からいっても、世界一の音楽大国です。全国に100にのぼるオペラ劇場やオーケストラがさまざまな音楽活動を繰り広げています。今回はドイツの音楽事情のベーシックな面を少しご説明しましょう。


プラハ市民会館(『プラハの春』開会コンサートに使う名ホール)


ハンブルク・ライツハレ(旧ムジークハレ)

 ドイツは『連邦共和国』です。連邦は16の州から成り立っています。連邦(=国)と州の役割と権限分担は、連邦基本法(憲法)に厳密に定めています。たとえば外交、国防等は連邦に、文化・教育等は州にと、最高権が連邦に属するもの、州に属するものがあります。
 文化・教育の最高権は州に属するため、ドイツには『国立歌劇場』や『国立大学』は存在しません。それらは『州立』や『市立』です。日本語表記でドイツの組織・機関に『○○国立歌劇場』などというように『国立』がつく場合がよくありますが、これはドイツ語の歌劇場名称に含まれる『Staat』という部分を『国立』と訳しているからです。この『Staat』は歴史的な名残を名称に留めているだけで、実際の法的体制や運営のあり方を指すものではありません。ですから現在『国立』と表記するのは間違いです。同じことは『国立○○音楽大学』にもあてはまります。
 ドイツは長い間、数多くの領邦国家に分かれていました。ホーエンツォレルン家が治めたプロイセン、ヴィッテルスバッハ家が治めたバイエルン、そしてたとえばプロイセンのフリートリヒ大王やバイエルンのルートヴィヒ2世の名前は皆さんもよくご存知でしょう。彼らは自国の文化の高さを互いに競い合いました。その結果ドイツには今でも各地に多くの立派な城や館、美術館、劇場などがあり、それぞれ個性に満ちた姿を見せています。
 気候風土の違いと共に、観客や聴衆の気質も各地で違います。各地のコンサートやオペラ公演に出かけると、所変われば人変わる、反応もそれぞれに違いがあり、結構おもしろいものです。北の大都会ハンブルク(人口170万人、市は同時に州でもあり、州と同等の権限を持っています)でのコンサートやオペラの聴衆や観客はスマート、クールな印象です。ドイツ西部の交通の要所ケルン(人口100万人)はドイツ最大の人口集中地域ノルトライン=ヴェストファーレン州(ドイツ全人口の5分の1以上が住んでいます)の最大の人口を誇る文化都市ですが、ここの聴衆は暖かく、開放的です。ベルリン(人口340万人)やミュンヘン(人口120万人)は観光客が多く集まります。ベルリン州立オペラでは「フォワイエでは英語、日本語、フランス語が主に聞かれ、ドイツ語は少数派」などという声も聞きます。これに対し、人口20万人以下の町では「おらが町のオーケストラや劇場」というアットホームな雰囲気に満ちています。人口7万人のバンベルク(バイエルン州)などはその最たる例でしょう。町の人たちがみんなでオーケストラを応援しています。オーケストラや劇場が組織する定期会員のほか、町の人や周辺地域に住む人たちが独自に支援組織をつくり活発な活動を支援しています。

ブレーメン市役所ホール


アムステルダム・コンセルトヘボウ

 ところで、プロのオーケストラには当然、高い演奏能力が要求されます。ドイツのオーケストラで最も高い演奏能力を誇るのはベルリン・フィルです。一方、演奏能力も非常に高いのですが、ベルリン・シュターツカペレやドレスデンのザクセン・シュターツカペレの響きはとても個性的です。ベルリン・フィルはベルリンの壁開放以前、『陸の孤島・西ベルリン』の市民が育ててきたオーケストラでした。壁開放から16年、ベルリン・フィルは大きく若返り、演奏能力はいっそう磨きがかかっています。しかし高い演奏能力だけでは、演奏に感心させることはできても、必ずしも感動させることは簡単ではないでしょう。コンサートやオペラ公演で得る感動、満足感と幸福感、充実感は決して高い演奏能力に遭遇しただけでは得られないものです。
 昨年秋、日本へ行ったとき、このようなドイツの地方分権的長所を髣髴とさせる体験を九州でしました。九州交響楽団の演奏を聴いた時でした。とてものびのびとした明るい響きの演奏でした。演奏する人たちの表情も明るく、柔らかく、東京のオーケストラにはないものでした。
 日本は東京一極集中、クラシック音楽界も例外ではありません。しかし九響はその長所を生かして、『九響サウンド』に磨きをかけ、練りあげて欲しいものです。
 また聴く側も、準備によっては感動の度合いも変わってきます。受身であっては何事も前に進まないと思います。新しいことにオープンで、何事にも前向きであること、失敗をおそれずチャレンジすること、これが芸術には重要です。そして演奏する側も聴く側も勉強し、コンサートや劇場体験を通じて意見交換をし、それにより独自の音楽環境をつくりあげていく、その土地でなければ聴くことのできないサウンドをつくりあげていく、これはグローバル化が進むなかでとても貴重なことだと思います。
 今月の写真は、ヨーロッパの話題のホールのステージをいくつか見ていただきます。ハンブルクの写真は、故ヴァントさんのリハーサル風景で、2階ステージ寄りでケント・ナガノが見ています。

ヴッパータール・シュタットハレ
(100年前のホールを立派に改装。上岡敏之の本拠ホール)

ドイツの新しいホール、エッセン・フィルハルモニー