7月定期プログラムより
(2006年7月18日)
12. 『ワールドカップ期間中のドイツ音楽事情』

 4年に1回のサッカーW杯ドイツ大会も7月9日、イタリアの優勝で幕を閉じました。W杯は多方面に大きな影響を及ぼし、これはクラシック音楽界も例外ではありません。

 今回のドイツ大会では、まず開幕を6月9日に控えた7日、開会式と緒戦会場となったミュンヘンで、オリンピック・スタジアムを使い『三大オーケストラとスターたち』というガラ・コンサートがありました。『三大オーケストラ』というのは、ミュンヘンに本拠を置くミュンヘン・フィル、バイエルン放送響、バイエルン州立管です。それぞれのシェフ、ティーレマン、ヤンソンス、メータが指揮台に立ち≪タンホイザー≫、≪ワルキューレ≫、≪カルミナ・ブラーナ≫などから演奏しました。
ミュンヘンの三大オーケストラ・ガラコンサート。テレビ映像から。
 また、自身が熱烈なサッカー・ファンであるドミンゴ、ピアニストのランランも登場しました。バイエルン州のシュトイバー州首相はこのガラ・コンサートを「サッカーW杯の文化的序曲」と述べ、コンサートの最後には参加したコーラスなど500人の音楽家全員で、≪You’ll never walk alone≫、≪We are the Champions≫を歌い演奏し、花火を打ち上げ、開幕前々夜を盛大に祝いました。その様子は8日夜、公営ドイツ・テレビ(ARD)がダイジェスト版を放映しました。

シュパヌンゲンの会場
 決勝戦が行われたドイツの首都ベルリンでは、ベルリン・ドイツ響次期主席指揮者のインゴ・メッツマッハーが、7月2日ベルリンのブランデンブルク門前で同オーケストラを指揮しオープンエア・コンサートを行いました。この日を選んだのは、4強が出揃い、準決勝戦を控えゲームのない日だったからです。このコンサートは『サッカー世界のオーケストラ音楽』と題し、W杯参加国にちなんだ曲を演奏しました。メッツマッハーが熱狂的なサッカー・ファンであることはよく知られています。

シュパヌンゲンのコンサートから
 ドイツのピアニスト、ラルス・フォークトも大のサッカー・ファンです。ティーンエージャーのときはプロのサッカー選手を目指したほどです。サッカー選手への夢敗れた現在、世界的ピアニストとなったフォークトは近くのプロサッカー・チームのサポーターも務めます。フォークトは優れた音楽家を集め、毎年6月、1週間の『シュパヌンゲン』という室内楽フェスティヴァルを催しています。ドイツ西部の山あいの町ハイムバッハにある水力発電所が会場です。これは100年前に建てたユーゲントスティルの美しい水力発電所で、コンサートの間は発電をストップします。
 この室内楽フェスティヴァルはとても人気が高く、ドイツのみならずオランダやベルギー、フランスからも多くの聴衆を集めます。今年は6月12日から18日まで開かれましたが、サッカーに負けず熱い演奏が行われ、出番ではない音楽家たちはヴァイオリニストのクリスティアン・テツラフの指揮で仲間の演奏をウェーヴで讃えていました。ちなみにフォークトは相撲も好きで、2年前の『シュパヌンゲン』ではコンサート後に演奏家が集まるレストランで指揮者のダニエル・ハーディングを相手に相撲をとり、やんやの喝采を受けていました。

シュパヌンゲンの主宰者フォークト(中央)と、タンヤ・テツラフ(左)、アンチェ・ヴァイトハース(右)

 W杯開催期間中はゲームの途中経過をホールやオペラ劇場のフォワイエに張り出しています。隣接するカフェなどでコンサート開始直前ぎりぎりまでTVに見入るクラシック・ファンもたくさんいます。コンサート開始10分前にカフェからヴァイオリンをかかえて飛び出すオーケストラ・メンバーもいたりして、大笑いが起きていました。サッカーも気になる、コンサートも聴きたい、というファンのために、今年の≪ルール・ピアノ・フェスティヴァル≫はW杯期間中、フェスティヴァルを一時中断して開催期間をふたつに分けました。
フランス戦前のサポーターたち。歌のレパートリーも多い!

ボンの日本人プレス、サポーター・センター
 ところで、サッカー日本代表はボンに滞在しました。宿泊先のボン・ヒルトン・ホテルの道をはさんだ隣はボン市のオペラ劇場です。W杯開催前、ドイツとの親善ゲーム翌日には写真のような大きな横断幕がかかげられました。これは選手もホテルから見えたはずです。ボンはベートーヴェンの生誕地、また今年没後150年のシューマンがライン河で自殺をはかった街です。シューマン夫妻はボン中央墓地に眠ります。音楽と縁の深いボン市はW杯開催直前、ボン市に集まる多くの日本人報道関係者を、ベートーヴェンの生家中庭でのカクテル・パーティーと室内楽コンサートに招きました。しかし登録していた500人以上の日本人報道関係者でこの招きに応えたのはわずか6人だったそうです。
ボン・オペラの外観風景

イングランド・スウェーデン戦前。サポーターはゆったりとコーヒー。
 ところで私の住むケルンでもゲームがありました。イギリスやフランス、スイスからのサッカー・ファンがいたるところで歌を歌い気勢を挙げていました。中でも≪ラ・マルセイエーズ≫を歌うフランス人が最も上手、という印象です。サッカー・スタジアムでは、国歌以外に、ヴェルディの≪アイーダ≫凱旋行進がよく歌われてきました。この選曲には納得もしますが、イングランド戦でモーツァルト≪ドン・ジョヴァンニ≫第1幕のデュエットが聞こえてきたときには思わず耳を疑いました。ジョヴァンニがツェルリーナを「私の家に行こう」と誘惑する、あの官能的ナンバーがなぜサッカー・スタジアムで歌われるのでしょう?陶酔感は共通ということでしょうか?