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2月定期プログラムより
(2007年2月17日)
16. 『冬のベルリンから』

 ドイツの首都ベルリンには3つのオペラ劇場があります。06年11月末から12月初めにかけ、この3つのオペラ劇場がほぼ同時にプレミエ(新制作初日)を迎えました。11月25日ベルリン・コーミッシェ・オーパー《魔笛》(モーツァルト)、翌26日ベルリン・ドイツ・オペラ《シモン・ボッカネグラ》(ヴェルディ)、翌週12月2日ベルリン州立オペラ《ファウスト博士》(ブゾーニ)です。

 ブゾーニ作品やヴェルディ作品の中でも《シモン・ボッカネグラ》は上演頻度が低く、上演は劇場にとって大きな困難を伴います。理由はいろいろあります。よく知られる作品と違い、オーケストラや合唱等の音楽リハーサルに時間がかかります。劇場事務局にとってもリスクがあります。たとえばファウスト博士役をレパートリーに持っている歌手は少く、病気・事故などで主役が急にキャンセルした場合、代役は簡単に見つかりません。運よく見つけても、演出家主導のレジーテアーターでは高度な演技を要求するため、短時間にその上演の演出・演技を覚えることは困難です。また指揮者や歌手にとって、めったに上演しない作品の役を勉強するよりは、有名な役を勉強して頻繁に歌ったほうが経済効率が良いのです。さらに『有名でない作品』上演は観客動員も難しく、劇場にとっても経済効率が悪いという現実があります。


ベルリン州立オペラ《ファウスト博士》
 これはオペラだけではありません。オーケストラ・コンサートも同じです。演奏する作品は、チケットの売り上げをよくするため、『有名な作曲家、有名な作品』が繰り返し望まれます。モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスでプログラムを組むほうが楽なのです。しかも「有名なベートーヴェン」であっても名前のついている交響曲《英雄》、《運命》、《田園》、《合唱》のほうが、名前のない1、2、4、7、8番よりよくチケットが売れるので、主催者がポピュラーなプログラムを熱望するという状況もあります。しかし作品の数は膨大です。この中からあまり上演されない、演奏されない良い作品を紹介し、観客、聴衆に知ってもらい、作品のレパートリーを増やしていくことは、オペラ支配人、オーケストラ支配人の義務でもあります。
  
ベルリン・ドイツ・オペラの《シモン・ボッカネグラ》カーテンコール

ベルリン州立オペラ周囲のクリスマス風景

ベルリン州立オペラ

 さて、モーツァルトは最も有名な作曲家の一人です。その作品の中で最も有名、そしてオペラ作品中最も有名で最も上演回数の多い作品は《魔笛》です。モーツァルト生誕250年の年の最後を飾る新制作としてベルリン・コーミッシェ・オーパーは11月25日に《魔笛》プレミエを行いました。演出を手がけたのはハンス・ノイエンフェルツ。ノイエンフェルツはペーター・コンヴィチュニィなどとならぶ今日のレジーテアーターの旗手で、彼の演出は常に論議をよびます。加えて今回のプレミエは特別な状況下で行われました。《魔笛》初日直前にオペラ界のみならず国際政治、政界をも巻き込む事件が発生したからです。『ベルリン・ドイツ・オペラ、《イドメネオ》事件』です。ノイエンフェルツはこのベルリン・ドイツ・オペラの《イドメネオ》の演出家で、この事件の中心人物の一人でした。ベルリン・コーミッシェ・オーパーの新制作《魔笛》はこの事件直後でもあり、チケットは早々と完売し、劇場担当者はプレス等の対応に大わらわでした。ちなみに《魔笛》新制作初日にはヴァイツゼッカー元ドイツ大統領夫妻やドイツ連邦議会の前議長も姿を見せていました。

 『イドメネオ事件』について一言ふれると、ノイエンフェルツは03年3月ベルリン・ドイツ・オペラでモーツァルトの《イドメネオ》新制作を演出しました。この演出では、ポセイドン、仏陀、キリスト、マホメットの首が切られ、ステージ上に並べる場面があります。ベルリン・ドイツ・オペラのハームズ支配人は9月、「『イスラム原理派からの脅しがある』というベルリン市警察から警告を受けたので、《イドメネオ》上演をとりやめる」と発表しました。ちなみにベルリン市警察「具体的なテロ予告はないが危険がないとはいえない」としています。この劇場側の『自主規制』は、オペラ界、政界からも大反発を受け、ドイツのニュースで連日報道されました。結局ベルリン・ドイツ・オペラは自主規制を撤回し、12月18日と29日に《イドメネオ》上演を決定しました。
 というわけで、ノイエンフェルツ新演出《魔笛》初日は緊張した空気に包まれました。《魔笛》は『メルヘン』というマスクを被ってはいますが、おそろしく政治的な作品です。ノイエンフェルツ演出を簡単にいうと『男性の性的願望』をベースに、『性的不能』と『政治的不能』を巧妙にリンクさせたものでした。試練に向かうタミーノとパパゲーノが贈られる守りの笛とグロッケンシュピールは男性器です。カーテンコールは大ブラボーと大ブーの大合戦でした。ちなみにこの《魔笛》は「12歳以下お断り」になっていました。




ベルリン・コーミッシェ・オーパー《魔笛》

 このような作品の読みと理解、演出には賛否両論あって当然です。だから面白いのです。これまでの伝統や経験に縛られてすべてを頭から否定するのではなく、新しい世界に目と心を開くことが重要です。そうすればそこに新しい発見があるものです。これはコンサートでも同様です。既知の作品のみならず、新しいもの、珍しいものにも足を運び、経験する。それが私たちの世界を広げ、また旧知のものに新鮮な息吹を与えるチャンスにもなるからです。