来住 千保美
第275回定期プログラムより
(2007年4月22日)
チューリヒ・オペラが建つ湖畔と町の風景
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17. 『スイス・チューリヒ』

 スイスはフランス、ドイツ、オーストリア、イタリア、リヒテンシュタインと国境を接し、通用言語は大きく分けてドイツ語、フランス語、イタリア語の三ヶ国語です。それぞれの言語地域に独立した公共放送協会を置き、それぞれの言語で放送しています。

 スイスは観光と金融の国といわれます。金融の中心地はドイツ語地域の都市チューリヒです。ここはスイスの音楽シーンの中心でもあります。街の中心、湖畔にはオペラハウスが建っています。ここでは80年代、演出家ポネルと指揮者アーノンクールがモンテヴェルディやモーツァルトのオペラ作品をチクルス上演し、大きな話題になりました。そのアーノンクールが今年2月、20年ぶりに新制作《魔笛》を指揮しました(初日2月17日)。演出はマルティン・クシェイです。この《魔笛》公演が3月1日にテレビで実況中継されました。この中継は単にオペラ上演を放映するのではなく、休憩時間にはアーノンクールにインタヴューしたり、フォワイエや劇場食堂、ステージ裏の作業もライヴで見せていました。オペラ上演にはとても多くの人が関わります。それぞれの仕事は複雑に絡みあっています。テレビでは、それがどのように機能しているのか、その一端を紹介していました。とても気の利いた同時中継番組だと思いました。

 チューリヒのコンサート・シーンのメイン会場はチューリヒ・トーンハレです。このトーンハレに2月6日、スターピアニストのアンドラーシュ・シフがヨーロッパ室内管を率いて登場し、指揮とピアノ演奏を行いました。前半はシフの指揮で、バルトーク《弦楽のためのディヴェルティメント》とモーツァルト《グラン・パルティータ》、後半はシフの弾き振りでベート−ヴェン《ピアノ協奏曲第4番》というプログラムでした。前半は弦楽器、管楽器それぞれの作品、後半は弦と管が一緒になり、中心にピアノがいるという素敵なプログラムでした。シフはヨーロッパ、アメリカで評価される、現代を代表するピアニストの一人です。ホールはもちろん満席でした。客席につくと、なんと左隣は指揮者のハイティンク、右隣は歌手のチェチリア・バルトリでした。バルトリはシフの演奏に対し、大きな声で「ブラボー!」と繰り返し叫んでいました。


首席指揮者デヴィッド・ジンマン指揮
チューリヒ・トーンハレ・オーケストラ
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 この後、このコンサートに同行した若い優秀なピアニスト2人と一緒に食事に出かけました。1人はフランチェスコ・ピエモンテーシ(23歳)、もう1人はヴィクトーア・エマニュエル・コンテ・フォン・ディジョン・フォン・モンテトン(22歳)です。2人はピアノ・デュオの仲間でもあります。フランチェスコはイタリア語圏スイスの出身で、アルゲリッチに招かれ今夏のルガーノ音楽祭に出演します。ヴィクトーアは10代にはドイツの天才ピアニストと呼ばれた人です。フランス系のドイツ人伯爵、ピアノ以外に指揮活動もしています。加えてもうすぐMBA(経営学修士号)を取得します。音楽だけでなく、他の観点からも世界を観る、腰掛ではなく正式に学業を終わらせるというのが本人の意志です。音楽家をめざす若い人たちには一般教育を疎かにし、コンクールに躍起になる人がいます。周囲の音楽家はみなライバル、親しい友人さえいない人がたくさんいます。何かに夢中になり集中することは素晴らしいことですが、偏らないほうが良いのです。若いときから様々な勉強をし、周囲も長い目で見守り育てる、これはとても重要なことです。こういう若い音楽家がもっと、もっと出て欲しいとおもいます。

 ところでチューリヒ大学は2004年、世界初の本格的なカルチャー・マネージメント講座を始めました。《EMAA(executive master in arts administration)》です。《EMAA》は元ウィーン国立オペラのダイレクター、前グラーツ・オペラ支配人のDr.ブルンナーさんが立ち上げたものです。この講座ではオペラ、バレエ、ダンス、コンサート、演劇、フェスティヴァル、美術館や展覧会など、芸術のすべての分野でマネージメントの専門家を養成します。講師陣には劇場協会会長、主要オペラ劇場やオーケストラの支配人、法律家、経営学や会計学の専門家、大企業の重役、ジャーナリスト、そして心理学者も名を連ねています。論文と筆記試験合格後は各関係機関での実習が約束されています。いうなればカルチャー・マネージメントのエリート養成です。この講座は欧州でとても注目され、アメリカからも講座開講の要請があるそうです。コースは3年間、06年に始まった第2期の受講者は28人、平均年齢は35歳です。受講者の出身国は8カ国で、欧州、ドイツ語圏出身者が大半を占めています。アジアからは韓国出身者が1人で、日本人はいません。

 最近『カルチャー・マネージメント』という言葉を頻繁に耳にします。しかしその方法は曖昧模糊としています。講師陣も専門かつ包括的な勉強さえしておらず、個々の職業経験の披露の場になっているようです。何事も本格的な勉強が必要です。堅牢な建築はしっかりした基礎があってはじめて実現します。本格的な勉強に取り組む人々が、日本でも将来の芸術の世界を支えるようになって欲しいと思います。興味のある方はwww.emaa.uzh.chをご覧ください。ただし、参加資格は大学卒業以上、授業はドイツ語と英語で行います。語学力もかなり要求されます。

  
ヴィクトーア・エマニュエル・コンテ・フォン・ディジョン・フォン・モンテトン
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フランチェスコ・ピエモンテーシ
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EMAAでの口座の様子
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