来住 千保美
第277回定期プログラムより
(2007年6月20日)

19. 『ケルン』

 前回はヴァチカンからでしたが、今回はローマ帝国の版図最北の街、ドイツのケルンからです。古代ローマ時代以来2000年以上の歴史を誇り、ケルンという町の名自体、その語源は『コロニア』、つまり『植民地』に発しています。

 今日のケルンは人口約100万人、ドイツ第4の都市で、ライン河流域最大の都市です。ドイツの道路・鉄道交通の要であり、ケルンからはオランダ、ベルギーまで約1時間です。ケルン中央駅と大聖堂に隣接してコンサート・ホール、『ケルン・フィルハルモニー』があり、ここはホールの良さに加え、地理的利便さもあり外国からも音楽ファンが集まります。


ケルン大聖堂とその左下に見えるフィルハルモニー
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 このケルンで今年の4月27日から5月20日まで『ケルン・ムジークトリエンナーレ』が開かれました。これは3年に1回開かれる音楽祭です。今回のテーマは20世紀を代表する作曲家の1人『ルチアーノ・ベリオ』、『インプロヴィゼーション、中世から現代まで』、『イースト・サイド・ストーリー、中国』でした。一般にアピールするには難しい地味なコンセプト、テーマでした。地元や周辺の音楽ファンの質の高さと層の厚さ、日頃の盛んな音楽活動とそれを支える行政と放送協会、そして民間スポンサー、これら数々の支援者がなければ、このようなコンセプトによる3週間の音楽祭は不可能でしょう。


フィルハルモニーでのWDR交響楽団コンサート風景
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 ケルンの音楽シーンを支える中心的役割を担うひとつに、ヨーロッパ最大規模を誇る放送協会『WDR(西部ドイツ放送)』があります。WDRはオーケストラを2つ、合唱団を1つ、ブラス・バンドを1つ抱えています。中でもWDR響(旧ケルン放送響)は日本へしばしば出かけ、ベルティーニ指揮でマーラーの交響曲全曲演奏などを行っています。日本では知られたオーケストラでしょう。WDR響はこのケルン・フィルハルモニーを本拠とし、リハーサル、録音、コンサートをしています。この他、放送局が持つ中規模のコンサート・ホールでもオーケストラ・コンサート、メンバーによる室内楽コンサートなど、さまざまな音楽活動を行っています。聴衆を集めにくい現代音楽の紹介も積極的に行い、コンサート1時間前には専門家による楽曲の紹介・解説も行います。

 また定期コンサートと同じプログラムで、数回の若者向け格安コンサート・シリーズも行っています。これはよくある子供向けプログラムのコンサートではなく、通常のコンサート(最高席27ユーロ)を低料金に抑え(21歳以下は5ユーロ、同伴の大人は16ユーロ)、1ユーロのプログラムも無料、そして1時間早い開始時刻が特徴です。コンサートには年配もたくさん来ますが、毎回若者の熱気に満ちあふれ、世代交流の場ともなっています。


ライン河畔の旧市街
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市内中心部
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 しかし、音楽の本場ドイツでも若者のクラシック音楽離れは大きな問題です。義務教育学校での正規授業からは音楽の授業はほとんど消えました。この現状を受けて04年、『ムジーク・ゲヴィント』(音楽は勝利する)というプロジェクトが始まりました。ドイツ音楽教育者連盟、ドイツ音楽評議会、WDR、民間のスポンサーなどが中心になり、音楽に積極的に取り組む学校とそのプロジェクトを全ドイツから選び表彰するというものです。いわゆる合唱コンクールや吹奏楽コンクールとは違います。先生と生徒、親が一丸となって取り組むプロジェクトが審査の対象です。07年は3つの学校が選ばれました。2つのギムナジウム(大学進学予定者の学校)と障害児の学校で、5月17日、WDR響の若者のための定期コンサートの場でこの表彰式がありました。

 さて、ケルンのオペラはオペラや演劇を包括するケルン市立劇場の一部門です。現在のオペラ劇場は1957年5月18日に開場し、今年50周年を迎えました。住所はケルンに生まれフランスに帰化しパリで活躍した作曲家オッフェンバック(フランス語読み)にちなみ、オッフェンバッハ(ドイツ語読み)・プラッツといいます。ケルン市立オペラは戦後のオペラ上演史に輝かしい功績を残しました。たとえば、57年6月8日にはウォルフガング・フォルトナー作曲の《血の婚礼》がギュンター・ヴァント指揮で世界初演されました。またヴィーラント・ワーグナー演出《ニーベルンゲンの指環》(指揮:ウォルフガング・サヴァリッシュ)新制作、ベルント・アロイス・ツィンマーマン作曲《兵士たち》(指揮:ミヒャエル・ギーレン)世界初演、ジャン=ピエール・ポネル演出モーツァルト・チクルス(指揮:イシュトヴァン・ケルテス、ジョン・プリッチャードほか)などです。しかし90年代後半、総支配人ギュンター・クレーマーと音楽総監督ジェームス・コンロンの確執もあり低迷状態が続いていました。

ケルン・オペラの初日休憩風景
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 04/05シーズンからマルクス・シュテンツ(現在42歳)のケルン市立オペラ音楽総監督就任と共にケルン市立オペラの建て直しが始まりました。4月28日、カタリーナ・タールバッハ演出《イエヌーファ》新制作初日は久しぶりの大ブラボー、スタンディング・オーヴェーションで盛り上がりました。ちなみにタールバッハはブレヒト劇で有名な子役で、フォルカー・シュレンドルフ監督《ブリキの太鼓》(ギュンター・グラス作)でも有名です。


フィルハルモニーのステージに並ぶギュルツェニヒ管弦楽団のメンバー
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 ところで、オペラのオーケストラであるギュルツェニヒ管は定期コンサートの正規プログラム終了後に『第3幕』と称して10分ほどの作品を演奏します。何を演奏するかはシュテンツ自身が直前にステージでマイク片手に紹介し、説明します。正規プログラムにちなんだ選曲と平易な解説はとても好評で、音楽への興味をさらにかきたて、音楽の果てしない世界へ聴衆を導いています。


《イェヌーファ》初日のカーテンコール
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 このほか、ドイツ最大の音楽大学やケルン大学音楽学部があることも忘れてはならないでしょう。