来住 千保美 Chiomi Kishi
第281回定期プログラムより
(2007年11月19日)

23. 『オペラ、06/07シーズンの成果』

 1年前、このページで権威ある国際的月刊オペラ専門誌『オーパンヴェルト』の06年年鑑をご紹介しました。今年も先頃、07年の年鑑が出ました。この中で、ドイツ内外50人の批評家に尋ねた『06/07シーズンの成果』のアンケート結果も発表されました。このアンケートの対象となった上演作品等は06年7月3日から07年7月1日までです。

 アンケート調査の対象は<オペラ劇場>、<世界初演作品>、<発掘上演作品>、<一般上演>、<演出/演出家>、<ステージ美術>、<衣裳>、<指揮者>、<歌手>、<期待される芸術家>、<オーケストラ>、<コーラス>、<関係書籍>、<録音/映像>、そしてネガティヴな<最悪の出来事>となっています。

 今年<最優秀オペラ劇場>に選ばれたのはブレーメン市立劇場とベルリン・コーミッシェ・オーパーです。

 ブレーメンが選ばれた理由は、先シーズンまで13年間にわたって支配人を務めたクラウス・ピアヴォスの仕事の成果です。同オペラは芸術に無理解な政治家たちによって、常に存続の危機にさらされてきました。ピアヴォスは政治の力から劇場を守っただけではなく、質の高い上演を続けてきました。在任中に11作品の世界初演、そして13の20世紀作品を上演しました。現代作品上演を嫌うオペラ観客が多い中でこれは大英断です。しかし勇気と質の高さは人々を魅きつけるものです。また現在スター演出家の一人となったクリストフ・ロイなどの才能を早くから認め、育てたことも彼の功績として評価されました。


ブレーメン・オペラ、劇場の外観
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ベルリン・コーミッシェ・オーパー、劇場の外観。

ベルリン・コーミッシェ・オーパー、観客席。

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 もうひとつの<最優秀オペラ劇場>はベルリン・コーミッシェ・オーパーです。同オペラに関係して他に、5年間にわたり主席指揮者を務めたキリル・ペトレンコが<最優秀指揮者>に、コーラスが<最優秀コーラス>に選ばれました。ベルリン・コーミッシェ・オーパーが<最優秀オペラ劇場>に選ばれたのは、主席演出家アンドレアス・ホモキの客演演出家の選定(たとえばハンス・ノイエンフェルツ演出《魔笛》、ペーター・コンヴィチュニー演出《微笑みの国》、バリー・コスキィ演出《タウリス島のエフィゲーニエ》など)と成功、音楽面で大きな貢献をしたぺトレンコの強い意志と規律、若いアンサンブルの育成などが理由です。「セックスと暴力が演出の鍵」とされる演出家カリスト・ビエト(今回、演出家部門で第2位)もコーミッシェ・オーパーが仕事場のひとつです。彼が演出したモーツァルト《後宮からの誘拐》では、ステージ上に裸の女性が入った透明な箱が林立し、オスミンは全裸でベッドの上でジャンプしながらアリアを歌いました。コンスタンツェはピンクの下着姿で首に鎖を巻かれ、檻に入れられて登場し、このようなシーンが次から次へと続きました。これに不満だったスポンサーが「スポンサーシップを再考する」とマスコミに述べ、これには政治家から「スポンサーの掟破りだ。表現の自由は尊重すべきだ」という大反撃があり、最後はスポンサーが尻尾を巻いて逃げ一件落着という事件がありました。


指揮者、キリル・ペトレンコ

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ベルリン・コーミッシェ・オーパー07年7月新制作《ほほ笑みの国》(演出:ペーター・コンヴィチュニー)

 日本からも多くの音楽ファンがベルリンを訪れます。ベルリンにある3つのオペラ劇場で日本の音楽ファンに今日もっとも人気が高いのはバレンボイムを音楽総監督にいただくベルリン州立オペラです。コーミッシェ・オーパーはなぜか人気が低く、「つまらない」という声もたびたび聞きました。そのたびに「ドラマトゥルギーの面白さ」、「演出家選定と作品の妙味」、「スター不在でも、若くフレッシュなやる気のあるアンサンブル」、「ぺトレンコの先進的音楽づくり」を理由にお勧めしてきました。ですから個人的にはこの結果は大変喜ばしいものでした。

 さて、同じベルリンにあるベルリン・ドイツ・オペラは<最悪の出来事>に選ばれました。上演の質の低さやネトレプコなどのスター偏重、そしてとりわけ《イドメネオ》事件が最悪となったのがもっとも大きな理由です。これについては今年初め、このページでご紹介したので覚えていらっしゃる方も多いと思います。

 以下、部門別にご紹介しますと、<世界初演作品>1位はミュンヘンのバイエルン州立オペラ《不思議の国のアリス》(ウンスク・チン作曲)、1票差でフランクフルト・オペラとケルン・オペラの共同制作《カリギュラ》(デトレフ・グラーネルト作曲)が続きました。<発掘上演作品>はシュヴェチンゲン音楽祭の《イル・ジュスティーノ》、<一般上演>はウィーン芸術祭公演のヤナチェック《死の家から》、<演出/演出家>はシュテファン・ヘアハイム(エッセン・オペラでの《ドン・ジョヴァンニ》など)、<ステージ美術>はロバート・イネス・ホプキンス(ルール・トリエンナーレでのB. A. ツィンマーマン《兵士たち》)、<衣裳>はニナ・ヴァイツナー(ミュンヘン《不思議の国のアリス》)、<歌手>はクリスティーネ・シェーファー、<期待される芸術家>は28歳の指揮者アンドリス・ネルソンス、<オーケストラ>はフライブルク・バロックオーケストラ、<関係書籍>はウルリヒ・シュライバー著『上級者のためのオペラ・ガイド、20世紀編』、<録音/映像>はヨゼフ・カイルベルト指揮《ニーベルンゲンの指環》でした。


ルール・トリエンナーレ《兵士たち》
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 なお日本関係では、今年は大野和士が<指揮者>部門で1票ノミネートされただけでした。