来住 千保美 Chiomi Kishi
第283回定期プログラムより
(2008年4月13日)
25. 『ドイツでの室内楽(ドイツ語:Kammermusik)について』

 室内楽(Kammermusik:カンマームジーク)は音楽ジャンルの中でも非常に重要なジャンルです。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、メンデルスゾーン、ブラームスなど、音楽史上に重要な位置を占める作曲家たちが多くの優れた室内楽作品を残しました。室内楽というジャンルはこれら大作曲家の根源的傑作を集めた偉大な宝庫です。また、室内楽には、18世紀〜19世紀に最初から室内楽として作曲された作品以外にも、とても面白いものがあります。たとえば20世紀初め、新ウィーン楽派の作曲家たちはオペラや交響曲を室内楽編成にアレンジしました。当時は今日のようにCDのような録音はありませんでした。ワーグナーやブルックナー、あるいはマーラーの作品がどこでも上演、演奏可能だったわけでもなく、頻繁に上演・演奏されたわけでもありません。しかし話題にのぼる作品のその片鱗にわずかでも触れたい人たちは数多くいました。また若い作曲家たちはこれら先達の総譜(スコア)を勉強し、室内楽に編曲することから多くのことを学びとろうとしました。


第283回定期パンフレットより

 ヨーロッパでは、ソリストやオーケストラ・メンバーたちが積極的に室内楽に取り組み、コンサート・ホールなどの主催者、スポンサーがそれを支援しています。その室内楽活動は「片手間」ではありません。

 1月21日、ベルリン・フィルの本拠地であるフィルハーモニーの小ホール、カンマームジークザールで室内楽コンサートが行われました。ピアニストのアンドラーシュ・シフを中心とし、フルートのエマニュエル・パユなどベルリン・フィルのメンバーが一緒に演奏しました。プログラムはハイドン≪ピアノ三重奏曲第18番≫(ト長調、フルート、チェロ、ピアノ)、シューベルト≪『しおれた花』による変奏曲≫(ホ短調、フルートとピアノ)、ベートーヴェン≪五重奏曲≫(変ホ長調、管楽器とピアノ)、シューマン≪幻想小曲集≫(op.73、オーボエとピアノ)、メンデルスゾーン≪六重奏曲≫(ニ長調、op.110)でした。チケットは完売し、当日券売場にはキャンセルを待つ人がコンサートの始まるまで約20人ほど並んでいました。開始1時間前には曲の解説が行われました。コンサートは熱気と集中力に満ちたもので、コンサート後には出演者がCD売場でサインに応じていました。このような室内楽コンサートはどこかアットホームな暖かさがあり、管弦楽コンサートとはまた違う雰囲気です。

 ところで日本でクォリティーの高い室内楽コンサートを行うことは年々難しくなっています。これにはいろいろな理由があると思います。

 主催者は、聴衆の興味が大編成の管弦楽コンサートやビジュアルな要素の強いオペラへ移っているといい、このような傾向を受け室内楽コンサートは聴衆を集められないともいいます。室内楽は各作曲家の音楽を知るには最上の音楽です。コンサートの入場料も高くありません。反面、確かに主催者も利益を望めませんし、演奏者からみれば、練習に時間がかかる割には経済的保証が望めません。また、ソリストとして優れた音楽家が室内楽の音楽家としても優秀かというと、そうでないケースも多いのです。とくにヴァイオリンやピアノのソリストとして育った音楽家は、一緒に演奏する仲間を見つけることすらできません。加えて非常にインティームな雰囲気の中で、複数の音楽家と切磋琢磨することに慣れておらず、精神的にも辛く、負担が大きいのです。

 ヨーロッパの音楽家たちは若いときから室内楽の重要さをとても強く認識しています。今ドイツを本拠に世界で活躍し始めた若い音楽家のほとんどは、十代からソロ活動と並行して室内楽にも熱心に取り組み、また先輩たちもこれを積極的に支援しています。ですから経験も非常に豊富です。彼らは主体的に仲間を見つけ、プログラムを考え、積極的に室内楽に取り組んでいます。全員のスケジュール調整に加え、練習自体も時間と手間がかかり、経済的には成り立たちません。ですから彼らは、非常に低いギャラで演奏することも珍しくありません。音楽家のマネージメントも室内楽演奏についてはフィーを要求せず、スケジュールを制限せず、自由な活動を認めているところがほとんどです。コンサートのための場所代、プログラム作成代、交通費、宿泊費等実費はスポンサーが援助することもよくあります。聴衆もただ聴くという受身の行為だけではなく、熱心に支援しています。音楽を通じて対話が生まれるのです。

 ヨーロッパに住む日本人若手音楽家の中で、室内楽の重要さを認識し積極的に活動しているのはヴァイオリンの樫本大進くらいでしょうか。質の高い室内楽演奏を実現するためには、音楽の演奏技術だけあればよいわけではありません。練習のためには一定期間仲間と互いにリスペクトを持って一緒に過ごすわけです。ですから開放的で他人との付き合い方を心得ていることが重要です。意見交換には十分な語学力も必要です。要するに人間対人間のつきあい方が根本にあるのです。