来住 千保美 Chiomi Kishi
第287回定期プログラムより
(2008年9月22日)
29. 第20回を迎えた≪ルール・ピアノ・フェスティヴァル≫

 ノルトライン=ウェストファーレン州のルール地方で毎年開く≪ルール・ピアノ・フェスティヴァル www.klavierfestival.de≫は今年、創立20周年を迎えました。今年は5月15日から7月26日まで開かれました。

 ルール地方は『ルール工業地帯』として有名です。ルール地方というのは、ルール川とその20にのぼる支流の流域をさします。ルール川は18世紀、周辺で産出する石炭の輸送路でした。19世紀にはその役割を鉄道が担いました。石炭産業がさびれた現在、ぺんぺん草の生い茂るぼた山や、さびしく立つ錆びた採掘塔の荒涼とした風景を想像する方も多いでしょう。でも現実は違います。もともとルール川とその支流は豊な飲料水と工業用水の水源でした。飲料水の供給量は520万人分で、水資源は石炭火力発電所の冷却水としても重要でした。ルール地方には水力発電所も数多くあり、ドイツ西部のエネルギーの一大供給地です。交通の便が良いだけではなく、風光明媚な土地です。美しいルール渓谷には貴族や大金持ちの城、館、屋敷が今日もたくさん残っています。緑と水に囲まれた最高の休暇地でもあります。


第287回定期パンフレットより

 ここはドイツの伝統的な人口集中地域なので、文化的環境も整っています。近年完成したエッセンやドルトムントなどの新コンサート・ホールはハードの良さだけでなくソフトも充実しています。画期的なプログラムで周辺地区からも聴衆を集めています。エッセンのオペラは今年もノルトライン・ウェストファーレン州の最優秀オペラに選ばれました。

 1988年、ルール地方とライン地方で指導的役割を果たす経済産業界の代表、文化教育関係の代表、宗教関係者が集り、『ルール地方発展協議会』をつくりました。これにはドイツのトップ企業64社が参加するもので、さまざまな発展事業のスポンサーになっています。ルール地方の中心都市エッセンは2010年のヨーロッパ文化首都に選ばれました。彼らはもちろんこのプロジェクトも支援します。対象は文化だけではありません。先進医療、素材研究をはじめ、『若者との対話プロジェクト』というのもあり、一流企業の経営陣と若者たちが一同に会し、質疑応答をする場をつくっています。2007年には『コントラクト・フューチャー、ルール2030会議』という、2030年に照準を定めたプロジェクトを立案しています。

 『ルール・ピアノ・フェスティヴァル』は、『ルール地方発展協議会』が重要プロジェクトのひとつとして支援しています。ピアノ中心の音楽祭で、ピアノが加わる音楽ジャンル、つまりピアノ協奏曲から室内楽、ピアノ・リサイタルまでと、クラシック音楽が中心ですが、ジャズ・コンサートもあります。世界的なピアニストも新進ピアニストも登場します。フェスティヴァルの支配人は、これまでミュンヘン・フィル、ベルリン・フィル支配人、ケルンのフィルハルモニーやニューヨークのカーネギーホール支配人を務めたオーネゾルクさんです。彼が7人のスタッフと共に運営しています。

 今年は15の町の28会場で77のコンサートを行いました。このうち34のコンサートは売り切れ、入場者数は6万3千人に上りました。34人のピアニストが初登場、うち7人はコンクールの入賞者でした。07年のクララ・ハスキル・コンクール優勝の河村尚子(7月20日)と07年のロン・ティボー・コンクール優勝の田村響(7月19日)も登場しました。

 今年の重点はシューベルトでした。アンドラーシュ・シフのプログラムはオール・シューベルト(7月8日)。アルフレート・ブレンデル(7月22日)、クリストフ・エッシェンバッハとシモン・バルト(7月21日)、ラドゥ・ルプー(6月4日)、アルバン・ベルク・カルテットとハインリヒ・シフ(6月24日)、ギドン・クレーメルとクレメラータ・バルティカ(5月27日)など、多くの演奏家がプログラムにシューベルトを採り入れました。また北京オリンピックを目前に控え、チャイナ・イヤーとしてユンディ・リィ(5月21日)、ランラン、タンドゥンも登場しました。エッセンのフィルハーモニーで行われた、タンドゥン指揮WDR響による自作のピアノ協奏曲『The Fire』(独奏ランラン。ランランに献呈)のヨーロッパ初演は、ドイツ語圏3カ国共同公共テレビ3satがライブ放映し11万人が見ました(7月10日、11日)。ランランはダニエル・バレンボイムとのデュオ・コンサートにも登場しました(7月24日、25日)。今年のメシアン生誕100年にちなんでは、マルタ・アルゲリッチとミッシャー・マイスキーもその作品を演奏しました(7月8日)。また5人の作曲家の作品が世界初演されました。功績の大きなピアニストに贈られる『ルール・ピアノ・フェスティヴァル賞』の今年の受賞者はマウリツィオ・ポリーニ(6月23日)でした。さらに同フェスティヴァルはスポンサーの協力を得て、この11年間に50枚のCDを出しましたが、このうち17枚は07年録音のものです。同フェスティヴァルは子供のための教育プログラムも組んでいますが、今年は2歳から4歳までの子供たち60人を集め、『リトル・ピアノ・スクール』を催し大好評でした。

 来年の『ルール・ピアノ・フェスティヴァル』は5月半ばから7月末まで開催予定です。