来住 千保美 Chiomi Kishi
第289回定期プログラムより
(2008年11月25日)
31. 『ヨーロッパのオペラ、07/08シーズンの成果』

 国際的な月刊オペラ専門誌『オーパンヴェルト』の年鑑は、ヨーロッパのオペラ関係者が注目する一冊です。この年鑑でドイツ内外の50人の批評家へのアンケート結果『07/08シーズンの成果』を発表するからです。10月初め、今年の年鑑が発行されました。

 アンケート調査の対象期間は07年7月2日から08年7月1日までで、アンケートの対象は最優秀<オペラ劇場>、<世界初演作品>、<発掘上演作品>、<一般上演>、<演出/演出家>、<ステージ美術デザイナー>、<衣裳デザイナー>、<指揮者>、<歌手>、<新進芸術家>、<オーケストラ>、<合唱団>、<関係書籍>、<録音/映像>、そしてネガティヴな<最悪の出来事>です。

 今回<最優秀オペラ劇場>に選ばれたのはエッセン・アールト・ムジークテアーター(市立。http://www.theater-essen.de/)です。常に高度な上演水準を保持していること、リスクを怖れない果敢な挑戦、芸術家と管理部門に若手を積極的に登用すること、などが理由です。第2位はバーゼル・オペラ(スイス)とフランクフルト・オペラでした。エッセンについては今年7月にもこのページで「現在、ノルトライン=ウェストファーレン州内で最も評価が高く、ドイツのトップ・オペラという呼び声も高い」と紹介したので、覚えていらっしゃる方も多いかと思います。

 なおエッセン・アールト・ムジークテアーターは他の専門誌『テアーター・プア』がこの夏に行った批評家アンケートで、ノルトライン=ウェストファーレン(NRW)州内の<最優秀オペラ>に選ばれ、<最優秀指揮者>にはエッセンのオペラ支配人兼音楽総監督シュテファン・ショルテスが他に大差をつけて選ばれていました。


第289回定期パンフレットより

 ショルテスは1949年ハンガリーに生まれ、音楽家としての経歴はウィーン少年合唱団のメンバーから始まります。ウィーンを本拠にべーム、カラヤンの助手を務め、オペラ支配人のノウハウはベルリン・ドイツ・オペラ時代に同オペラの元支配人ゲッツ・フリートリヒに学びました。ショルテスは1997年にエッセン・アールト・ムジークテアーターの支配人兼音楽総監督に就任し、すぐさま若く能力の高い演出家を抜擢しました。たとえば今年バイロイトに初登場し大絶賛されたシュテファン・ヘアハイム、ベルリン・コーミッシェ・オーパーの主席演出家に就任が決まったバリー・コスキィなどをいち早く起用したのもショルテスです。これらの演出家は今日エッセンの常連となり、高度な上演の屋台骨を支えています。

 ショルテス率いるオーケストラ、エッセン・フィルも<最優秀オペラオーケストラ>に選ばれ、バレンボイム率いるベルリン・シュターツカペレと同点で第1位を分けました。エッセン・フィルの第1位は03年に次いで2回目です。ちなみにショルテスはオーケストラ・メンバーから好かれるタイプの指揮者ではありません。厳しい練習を課し、オーケストラ・メンバーが嫌う分奏を徹底して行うからです。この分奏について、ショルテスは「骨が折れるのはオーケストラ・メンバーではなく指揮者だ」と述べています。さらに練習には十分な時間があるにもかかわらず、練習初日から大きな緊張と要求を強いています。しかしその結果は明白です。エッセン・フィルはバロックから現代作品まで広範なレパートリーを高度な水準で演奏できるようになりました。

 他部門の最優秀にもエッセンは絡んでいます。<最優秀演出家>にはハンス・ノイエンフェルツ(クリストフ・ロイと同点1位)が選ばれました。ノイエンフェルツはエッセンで≪タンホイザー≫を演出したほか、バーゼルで≪ペンテジレア≫を演出し、これはこのバーゼルの上演が<最優秀上演>に選ばれました。ロイの受賞理由はバイエルン州立オペラ(ミュンヘン)での≪バッカスの巫女たち≫、フランクフルト・オペラでの≪コジ・ファン・トゥッテ≫演出です。

 この他<最優秀指揮者>にはクラウディオ・アバド、<最優秀合唱団>には久々にベルリン・ドイツ・オペラ合唱団が選ばれました。<最優秀世界初演作品>にはヘンツェの≪フェードラ≫(ベルリン州立オペラ)、<最優秀発掘上演作品>にはベルリン・ドイツ・オペラの≪ジャンヌ・ダルク≫、<最優秀ステージ美術デザイナー>にはヨハネス・ライアッカー、<最優秀衣裳デザイナー>にはアンナ・フィーブロック、<最優秀歌手>にはディアナ・ダムラウとミヒャエル・フォレ、<期待される新進芸術家>にはカウンター・テノールのフィリップ・ヤロウスキィ、<最優秀関係書籍>は『アーノルト・シェーンベルクとアルバン・ベルクの往復書簡集』、<最優秀録音・録画>は『ワルター・フェルゼンシュタイン・エディション』でした。

 さて、<最悪の出来事>に選ばれたのは『ベルリンのオペラ界』です。『ベルリン』は<最悪の出来事>の常連です。理由は『ベルリン州立オペラの経営陣の内紛と改修にからむベルリンの政治家』、『スター指揮者バレンボイムの不在』などが挙げられています。他に『ライプツィヒ・オペラのリッカルド・シャイーの退任』、『バイロイト・ワーグナー祭』、『ザルツブルク・フェスティヴァルの芸術的水準の低さ』などが不名誉な得点を重ねていました。

 日本関係ではヨシ笈田が<上演>部門で1票ノミネートされただけでした。

 このアンケート調査は「ヨーロッパのオペラ界のいま」を知るうえで、とても参考になる貴重な資料なのです。