来住 千保美 Chiomi Kishi
第290回定期プログラムより
(2009年2月10日)
32. 20091月に出かけたオペラとコンサート

 ヨーロッパには日本のようにお正月を祝う習慣はありません。ただ新年を迎える元旦の0時を期して町中で花火を派手に打ち上げたり、親しい友人などが集りシャンパンで新年を祝ったりします。1月1日は祝祭日ですが、2日からは通常の日々が始まります。クラシック音楽界もクリスマス・モードの12月が終わると、クリスマスにちなんだコンサート・プログラムも消えます。オペラ劇場でも新制作の初日が開きだします。この1月もオペラとコンサートで忙しく動いています。

 ライン・ドイツ・オペラ(デュッセルドルフ)は1月に≪ニーベルンゲンの指環≫(演出:クルト・ホレス、指揮:ジョン・フィオーレ)をチクルス上演しました。今回はバイロイト・ワーグナー祭の重要な出演歌手(リンダ・ワトソン、アルフォンス・エーベルツ、ハンス=ペーター・ケーニヒ、ジョン・ウェーグナー等)が出演したこともあり、チケットは早々と完売しました。1月4日≪神々のたそがれ≫、15日≪ラインの黄金≫、22日≪ジークフリート≫を観ましたが、どの公演も熱気で溢れかえっていました。

 1月11日はエッセンでマレク・ヤノフスキー指揮ベルリン放送響のコンサートを聴きました。プログラムはモーツァルト≪協奏交響曲≫(ヴァイオリン:アラベラ・シュタインバッハー、ヴィオラ:アントワン・タメスティ)、ブルックナー≪第4交響曲≫でした。若い優れたソリストとの新鮮味あふれるモーツァルト、明確な輪郭と、様式感の見事に整ったブルックナーでした。


第290回定期パンフレットより

 1月12日、ケルンでマルクス・シュテンツ指揮ギュルツェニヒ管定期コンサートを聴きました。プログラムはエマヌエル・シャブリエ≪スペイン≫、アンリ・デュティユー≪チェロ協奏曲、遥かなる遠い国へ≫(チェロ:アルバン・ゲアハルト)、R.シュトラウス≪ドン・キホーテ≫でした。ギュルツェニヒ管の定期コンサートでは『第3幕』と称し、毎回5〜6分ほどの曲をアンコール形式で演奏します。この日の『第3幕』はユリウス・クレンゲル≪12人のチェリストのためのヒュムニス≫を、同オーケストラのチェリストたちにゲアハルトが加わり、素晴らしい演奏を聴かせました。

 1月14日、デュッセルドルフではソリストにスター・ヴァイオリニスト、アンネ=ゾフィー・ムターを迎え、シュトゥットガルト放送響が演奏しました。指揮は予定したアンドレ・プレヴィンが病気でキャンセルし、ミシェル・フランシスでした。ムターは大スターのオーラと貫禄ぶりでした。

 1月16日、ベルリンのコーミッシェ・オーパーで≪ラ・トラヴィアータ≫(演出:ハンス・ノイエンフェルツ、指揮:カール・サン・クレア。新制作初日:08年11月23日)を観ました。公演後、フォワイエに観客とのディスカッションの場が設けられたので出てみました。130人ほどの観客が集り、指揮者、ドラマトゥルク、歌手と共に夜の12時頃まで熱心な質疑応答、論議が繰り広げられました。聴衆の一人が「私がこの作品に抱いているイメージはゼッフィレッリ演出のような絢爛豪華、ロマンティックなものだ。それとは違うノイエンフェルツの演出に怒りを覚えた。二度と彼の演出は見ない」と興奮すると、それに対し「あなたは作品を良く理解していますか?この作品の本質はロマンティックとは程遠いものですが」という声が出席者の中から上がりました。その後『作品に忠実であるというのはどういうことか』などのテーマで侃々諤々の議論が続き、たいへん盛り上がりました。出席者の中に、ノイエンフェルツ演出への賛成を理路整然と述べる若い男性がいて、どこかで見た人だと思ったら、ドイツ・ピアノ界を代表する一人マルクス・グローでした。上演への是非はともかく、自分の意見を述べ、みんなで考えることはとても有意義、かつ心躍るものでした。

 1月17日はベルナルト・ハイティンク指揮ベルリン・フィルの定期コンサートに出かけました。プログラムはマーラー≪交響曲第7番≫1曲です。3月4日に80歳の誕生日を迎えるハイティンクの指揮は生命力に満ちあふれ、若々しく、とても明朗なものでした。ハイティンクは指揮台にどっしりと構え、下半身はほとんど動きません。オーケストラの音楽的・技術的足腰も非常に強靭です。ハイティンクの確固とした構造力とゆるぎのない明解な解釈、オーケストラの超優秀な音楽的運動機能、演奏技術と余裕が大きな相乗効果を生みました。小手先で逃げるような箇所は一瞬たりともありません。全員が共通の音楽的目標へ向け真正面から取り組み、音楽はしっかりした足取りでぐんぐん前進して行きます。素晴らしいコンサートでした。

 1月18日はベルリン州立オペラで≪カルメン≫(演出:マーティン・クーシェイ、指揮:マッシモ・ザネッティ)を観ました。幾何学的ステージ、砂、下着姿の男女というクーシェイ演出で見慣れた道具立てはともかく、ザネッティ指揮のオーケストラの熱さ、カルメン役エレーナ・マクシモーヴァの蠱惑的な低音とステージ上のオーラを堪能した夜でした。

 この原稿を書いている時点で1月もまだ3分の1残っています。残り10日間でフランクフルト、デュッセルドルフ、ケルン、ボンでオペラの初日、そして他のオペラ、コンサートへも出かけます。