来住 千保美 Chiomi Kishi
第293回定期プログラムより
(2009年6月18日)
35. 『デンマーク、コペンハーゲンの新オペラ劇場と新コンサートホール』

 デンマークの首都コペンハーゲンに、最新技術設備を備えた新オペラ劇場(05年開場)に続き、今年1月、新コンサートホールが開場しました。

 新オペラ劇場(ロイヤル・デンマーク劇場)は、世界屈指の海運会社A.P.モラー・マースク・グループ創業者の三代目にあたるデンマークの大富豪アーノルド・マースク・マッキンニィ・モラー(1913年生まれ)の財団が建設資金を寄付しました。設計はデンマーク生まれのヘニング・ラールセンが手掛けました。2001年6月に建設を始め、04年10月1日に完成しました。柿落としは05年1月15日のガラ・コンサートでした。これにはデンマーク女王マルグレーテ2世、デンマーク首相ラスムーセン、寄贈者モラーも出席しました。新オペラ劇場の場所はアマリエンボー宮と運河を挟んだ対岸にあります。王宮と対峙しているため、このロケーションは当時物議を醸しました。客席数は約1500席から1700席まで調整可能です。

 劇場設備は最先端でスペースも十分にあり驚くばかりです。ステージはメインステージのほかに、メインステージとほぼ同じ大きさのステージが両翼、奈落部分と後部に3面あり、合わせて7面もあります。後部は完全防音のため、公演中でもリハーサルができます。客席部は高価な木材をふんだんに使い、素晴らしい音響です。

 オペラ支配人は演出家のカスパー・ベヒ・ホールテンで、今年36歳という若さですが、ホールテンは23歳で夏のフェスティヴァルの支配人を務め、若年でキャリアをスタートしています。


第293回定期パンフレットより

 新オペラ劇場の最初の新制作は寄贈者モラーの強い希望で≪アイーダ≫(初日05年1月26日)でした。ミカエル・マルバイの演出、ラダメス役にスター歌手ロベルト・アラーニャ、指揮にマンフレート・ホーネックという組み合わせでしたが、この上演には厳しい批評が浴びせられました。

 これまでこの劇場で≪エレクトラ≫(05年2月)、≪ローエングリン≫(07年3月)を観ましたが、今回観た≪トリスタンとイゾルデ≫プレミエ公演(5月10日、イルジ・コウト指揮)では以前にも増してオーケストラと劇場の音響が馴染み、素晴らしい公演でした。ちなみに海に始まり海に終わる≪トリスタン≫は、贅を尽くした豪華客船内のようなこの劇場にぴったりでした。

 今年1月17日、今度はコペンハーゲンに新しいコンサートホールが完成、開場しました。ホールを建てたのはデンマーク放送です。ホールはコペンハーゲン中心部の南側に位置するデンマーク放送の新本拠地の一角に建てられました。周囲は新開発地域で、ホールのメインエントランスから約100メートルに無人で走る新メトロの駅もあり、中心部までは約10分です。また広大な駐車場もあります。

 新コンサートホールの座席数は1800です。総工費約1億2千万ユーロ(約156億円、1ユーロ=約130円)で、建設費は当初予定していた額の約3倍に膨らんだといいます。設計はフランスのジャン・ヌヴィル、音響は永田音響設計が手がけました。

 5月11日、この新コンサートホールでエッシェンバッハ指揮、パリ管のコンサートを聴きました。プログラムはR.シュトラウス≪カプリッチョ≫から(独唱:ルネ・フレミング)とブルックナー≪交響曲9番≫でした。

 ホール内はステージを客席がぐるりと取り囲むアリーナ型です。ステージ後方にも客席が多く、そのため正面1階部分の客席が少なく感じます。このホールも客席部には高価な木材をふんだんに使い、柔らかく暖かく、とてもインティームな雰囲気です。音響もあたたかく、変に色づけされた残響もありません。これは新オペラ劇場と同様です。ただ、客席部の照明は間接照明が主で暗く、このような照明はこの国の人の趣味でしょうか。

 これに対し、フォワイエの雰囲気はまったく異なります。吹き抜けの空間が高く、大きいのは良いのですが、床は暗く、壁はコンクリートの打ち放しで、ここに映像投影などをしています。コンクリートの箱の中にいる感じです。クロークや飲み物サービス部分は楽器ケースや音楽家のタキシードを保管するようなキャスター付きアルミ箱でした。まるで工場か体育館のような雰囲気です。このフォワイエのスペースはテレビ制作などに転用することを考えているのでしょう。

 コペンハーゲンの大きなコンサートは、これまで主に中央駅隣のティヴォリ公園内の大ホールでおこなわれていました。遊園地内に建つホールの外観は明るいパステルカラーで、ここでクラシックのコンサートをするのかと一瞬訝ってしまいます。今でもコンサートは行われており、チェチリア・バルトリのポスターも貼られていました。

 ところで、オペラ劇場やコンサートホールではデンマーク語に混じり、あちらこちらからドイツ語が聞こえてきました。ドイツから貸切りバスで来た団体もいました。ドイツの北の隣国デンマークでは第一外国語は英語です。国境沿いから離れたコペンハーゲンまで来ると、ホテルのレセプションですらドイツ語はまったく通じないか、少しは解る程度です。また話せない人がほとんどです。ちなみにデンマークの通貨はクローネで、ユーロではありません。ヨーロッパでユーロ圏が拡大している昨今では、ヨーロッパ内の旅行に際し両替する必要は少なくなっています。ですから両替やレート換算の暗算の面倒さを久しぶりに味わったコペンハーゲンへの小旅行でした。

オペラ:www.operaen.dk/

ホール:www.dr.dk/Koncerthuset/Om-koncerthuset/20080204141208.htm