来住 千保美 Chiomi Kishi
第294回定期プログラムより
(2009年7月28日)
36. 『イタリア、水の都ヴェネチア(ヴェニス)から

 水の都ヴェネチアは誰もが知る世界的な観光地です。今も世界中からの観光客であふれ、名所・旧跡には見学の長い列が絶えません。カーニヴァルのマスク、ムラノ島産のガラス製品がショーウィンドウを飾り、黒いゴンドラが運河を行き交います。ゴンドリエが歌うのは南のナポリ民謡ですが、これはご愛嬌というものでしょう。

ヴェネチアは芸術の都です。ベッリーニ、ジョルジョーネ、ティントレット、ティツィアンなどルネッサンス期、ヴェネチア派の多くの画家たちが活躍しました。また、ヴェネチア生まれの高名な作曲家にはアントニオ・ヴィヴァルディ、ルイジ・ノーノがいます。絃楽器づくりも歴史的に有名です。

 ヴェネチアはこれまで多くの芸術家を魅了してきました。トーマス・マンの自伝的短編≪ヴェニスに死す≫は1912年に発表されました。ベンジャミン・ブリテンは同作品をオペラ化しました。ルキノ・ヴィスコンティはこの小説を映画化し、マーラーの≪交響曲第5番、アダージェット楽章≫を使いました。マーラーの≪交響曲第5番≫はこの映画によって広く知れ渡ったといっても過言ではありません。ヴィスコンティはヴェネチアを舞台にして≪夏の嵐≫を撮影しました。この作品ではブルックナーの≪第7交響曲≫が使われました。≪夏の嵐≫はヴェネチアのオペラ劇場、テアトロ・ラ・フェニーチェでのヴェルディのオペラ≪イル・トロヴァトーレ≫の上演シーンで始まります。このテアトロ・ラ・フェニーチェで、このほどワーグナー≪神々のたそがれ≫が上演され、そのプレミエ上演を観てきました(6月25日)。


第294回定期パンフレットより

 これはドイツのケルン・オペラの制作を引き継いだものです(演出はロバート・カーセン、指揮はジェフリー・テイト)。引継制作とはいえ、上演は簡単ではありません。テアトロ・ラ・フェニーチェはケルン・オペラと較べ、ステージがとても小さいため、ステージ美術や演出の変更が必要でした。もっともこういったことはオペラの来日公演でよく行われる手段です。

 さらにいえば、オペラ上演では譜面上の音符を変えたり、カットしたりすることは日常茶飯事で、オリジナル通りに演奏するのは非常に珍しいことです。現在の『レジーテアーター(演出主導の上演)』を嫌い、『演出上の指針やアドヴァイス』である『ト書き』を金科玉条のごとくふりかざし、「演出はト書きに忠実でなければならない」と主張する人たちがいます。しかし作品が作られた時代と現在はすべてが大きく変化しました。劇場技術は大きく発展しました。たとえば照明ひとつとっても、ろうそく、灯油やガスから電気に変わりました。作品の本質を探り理解しそれを提示する方法は格段に変わったのです。一方、歌手がオリジナルの指定より1オクターブ上の音符で歌うこと、何倍もの長さで歌うことについては非難するどころか絶賛する人が多いのも事実です。

 ところでテアトロ・ラ・フェニーチェはオペラの歴史に重要な役割を果たしてきた劇場のひとつです。ヴェルディの≪リゴレット≫や≪シモン・ボッカネグラ≫の世界初演を行い、また≪ラ・トラヴィアータ(椿姫)≫もここで世界初演されましたが、これは大失敗に終わりました。

 ヴェルディと同年生まれのワーグナーは1883年2月、ヴェネチアのヴェンドラミン宮で亡くなりました。ヴェンドラミン宮は現在カジノになっていますが、事前に申し込むとワーグナー関係の施設等の見学は可能です。ワーグナーは死の約2カ月前、妻コジマへの誕生日プレゼントとして、テアトロ・ラ・フェニーチェでコンサートを行い、これが最期のコンサートとなりました。死の2カ月後には≪ニーベルンゲンの指環≫イタリア初演がテアトロ・ラ・フェニーチェで行われています。

 テアトロ・ラ・フェニーチェはこれまで何度も火災にあいました。最近では1996年放火され、再建は困難を極めましたが、寄付金・義援金も集り、2003年にムーティ指揮のコンサートで再開し、オペラ公演はその1年後にマゼール指揮≪ラ・トラヴィアータ≫で再開しました。ちなみにこの≪ラ・トラヴィアータ≫上演は現在の上演慣例と違い、150年前の世界初演時と同じ『オリジナル通り』に演奏したことが話題になりました。再建された劇場内部は以前よりきらびやかになったと、もっぱらの評判です。ですがロージェを設えた馬蹄形の劇場であるため、見にくい席が多いのも事実です。横のロージェやロージェ内の後部座席からはステージがとても見にくいのです。

 さて、今年は『ヴェネツィア・ビエンナーレ』開催の年です。『ヴェネツィア・ビエンナーレ』は1895年に始まりました。2年に1度開かれる美術・映画・建築・音楽・演劇・ダンスなどの総合芸術展です。アート部門は53回目、テーマは「メイキング・ワールド」、ダイレクターはダニエル・ビルンバウムで6月7日〜11月22日まで開かれます。メイン会場はジャルディーニ(面積5万平方メートルの公園)とアルセナーレ(3万8千平方メートル)です。アート部門の展示には6月22日から28日の間に12,984人が訪れました。私も6月27日に足を運びましたが、ジャルディーニは日曜日ということもあり、多くの美術愛好家や家族連れでにぎわっていました。


テアトロ・ラ・フェニーチェ:http://www.teatrolafenice.it/

ヴェネチア・ビエンナーレ:http://www.labiennale.org/it/Home.html

●今年の芸術総監督ビルンバウムのインタビュー
http://www.youtube.com/watch?v=fAAmglU-L00&feature=related

●オノ ヨーコ授賞式。これまでの業績に対し金獅子賞が贈られた
http://www.youtube.com/watch?v=VJXuzUfzWXs&NR=1

●その他(動画)
http://www.youtube.com/watch?v=B4EVR_39KyQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=KyjAMQxo96M&feature=fvw
http://www.youtube.com/watch?v=MmKhDI36O2Y&NR=1
http://www.youtube.com/watch?v=wlVCShBgg8Y&feature=related