来住 千保美 Chiomi Kishi
第297回定期プログラムより
(2009年11月20日)
39. 『ベートーヴェン都市ボンから』
第297回定期パンフレットより

★ベートーヴェン・フェスト

 ドイツの旧首都ボンでは毎年『ベートーヴェン・フェスト』が開かれています(www.beethovenfest.de)。『ベートーヴェン・フェスト』の歴史は1845年に遡ります。その後さまざまな形で受け継がれ、現在の形になったのは1998年のことです。現在のフェスティヴァルも今年11回目を迎えました。『光の中で』というのが今年のテーマで、ドイツのメルケル首相が名誉総裁となっています。開催期間は9月4日から10月3日まで、ボンと近郊の29の会場で75のコンサートと催しが行われました。

 『ベートーヴェン・フェスト』は年々活況を呈しています。主催者によると、2008年は60のコンサートでチケットが3万8500枚売れたのに対し、今年は75のコンサートでチケットは4万8500枚と1万枚多く売れました。外国からの聴衆も多く、日本からのグループ、ツアー客を見かけました。

 今年のハイライトのひとつはパーヴォ・ヤルヴィ指揮ブレーメン・ドイツ・カンマーフィルによるベートーヴェンの交響曲全曲演奏でした。9月9日に第1番・第2番・第3番、10日に第4番・三重協奏曲(ソリスト:クリスティアン・テツラフ、ターニャ・テツラフ、ラルス・フォークト)・第5番、11日に第6番・ピアノ協奏曲第1番(ソリスト:エリザベート・レオンスカヤ)・第7番、12日に第8番・第9番(ソリスト:クリスティアーネ・エルツェ、アネリィ・ペーボ、サイモン・オニール、ディートリヒ・ヘンシェル)でした。この四半世紀にアーノンクールやノリントンが導いたピリオド奏法はハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどの古典派演奏の際、すでにスタンダードになっています。しかし、ボンの聴衆はどちらかというと高齢者が多く、カラヤンやバーンスタインの演奏に感銘を受け育った世代です。ヤルヴィのベートーヴェン指揮はしかし、ピリオド奏法にのっとり、莫大な情報を提供しながら熱く疾走するものでした。なかには大きなとまどいを見せた聴衆もいたはずです。でも実際は多くの聴衆が熱狂的に歓迎し、最終日はスタンディング・オーヴェーションで演奏を讃え、大きな拍手が長く続きました。

 さて、アーノンクールやノリントンがピリオド奏法の第一世代とするなら、最近第二世代の指揮者として躍進めざましいトーマス・ヘンゲルブロックも9月5日に登場し、自身で設立したバルタザール・ノイマン・アンサンブルとコーラスを率い、ヘンデル≪メサイア≫を指揮しました。ちなみにヘンゲルブロックはフォン・ドホナーニの後任としてハンブルクNDR響主席指揮者に決定しています。また2011年にはバイロイト・ワーグナー祭の≪タンホイザー≫新制作指揮も決定しています。

 また現在、若手指揮者中トップに立つ2人、アンドリース・ネルソンスがバーミンガム響と(9月14日)、グスタヴォ・ドゥダメルがイェーテボリ響と(9月23日)登場しました。今日のドゥダメルの躍進のスタートはこの『ベートーヴェン・フェスト』がきっかけです。ドゥダメルは04年のベートーヴェン・フェストで、急病でキャンセルしたブリュッヘンに代わり、ロンドン・フィルハーモニア管を指揮しました(ベートーヴェン≪運命≫ほか)。その後の彼のキャリアは目を見張るばかりです。

 このほか、インゴ・メッツマッハー指揮ベルリン・ドイツ響、ワレリー・ゲルギエフ指揮ロンドン響、ケント・ナガノ指揮マーラー室内管、そしてマウリツィオ・ポリーニなども登場、沸きに沸いたひと月でした。来年の『ボン・ベートーヴェン・フェスト』は9月10日から10月9日まで開催予定です。

『ベートーヴェン・フェストシュピールハウス』の建設

 ところで、『ベートーヴェン・フェスト』のメイン・ホールはベートーヴェン・ハレ(Beethovenhalle)です。このホールは平土間で大パーティーなどにも使われる多目的ホールです。音響も良くないため、ボンにも新コンサート・ホールが必要だという声が高まっていました。ボンには首都機能がベルリンに移転したあと、国連などの国際機関、国際放送のドイチェ・ヴェレ、民営化された旧郵政・逓信関係のドイツ・テレコム、ドイツ・ポスト、ポスト・バンク等が本拠を構えています。このテレコム、ポスト、バンクの3社をメイン・スポンサーに、『ベートーヴェン・フェストシュピールハウス』建設計画が本格化しています(http://www.beethoven-festspielhaus.de/)。建築コンペティションに参加した世界中の10の建築設計事務所のうち、現在ロンドンの会社が設計した『ダイアモンド』とルクセンブルクの会社が設計した『波』が最終候補に残っています。最終決定は今年末の予定です。

 ボンはベートーヴェン生誕の地であり、シューマン終焉の地です。またボンの中央墓地にはベートーヴェンの母マリア・マグダレーナとロベルトとクララのシューマン夫妻、ワーグナーのミューズだったマティルデ・ヴェーゼンドンクも眠ります。

 新コンサートホールが完成すると、音楽にゆかりの深い町、ボンの音楽的体裁は一層魅力的になるはずです。