有史以前

ことの発端は、1986年ころの京大オケの東京先輩会パーティでの会話であった。その当時、そのパーティは毎年秋に行われており、余興としてモーツァルトのシンフォニーをやっていたりした。その演奏ぶりは、微笑ましいというしかないものだったが、もうちょっとまじめに練習してみようではないか?という声もでるようになった。それを背景に、翌春、先輩会のドンであったH氏が京大オケのOBでもある東京交響楽団主席フルーティスト佐々木さんらに声をかけた。やがて発足打ち合わせが1987年6月12日の夜、渋谷で行われた。集まったのは10名の面々(今のメゾンで生き残っているのは、柳生のみである)。

その会では、こんな話になった。
――どうせやるなら、「響き」というものをとことん突き詰めてみてはどうか。演奏会も前提とせず、とりあえず、まず音を出し合うところから始めよう、何ををやるにせよ、弦が基本だから、まず弦楽合奏を――。 
そして音楽監督/佐佐木佐、指揮者/斉藤栄一の体制が決まった。(斉藤氏は現在、水星交響楽団の指揮者である)
あとは団の名前。
――東山弦楽合奏団でいいじゃない?
そう、われわれは最初、「東山」と呼んでいたのである。なぜ東山か? 京大が京都の東山連峰の麓にあったから。(みんな東京に出てきてはいるが学生の頃の風景が心象風景となって忘れられないのだろう)
そしてH氏が提唱する「辛口の音楽」とやらめざして、1、2月に1回ペースで集まっては練習をし、終わればおでん屋で酒を飲むのを繰り返した。
だがやがて、それは無目的な散漫の危険と隣り合わせだということに気づく。そして演奏会という目標を決め、名前もアンサンブル・メゾンに変えた。

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 第1回 1988.6.11 旧東京音楽学校奏楽堂 (上野公園内)

モーツァルト   ディヴェルティメント ニ長調K.136
テレマン     組曲イ短調
ヘンデル     コンチェルト・グロッソOp.6-5 ニ長調
グリーグ  ホルベアの時代から

  指揮  斎藤栄一
  フルート 佐佐木佐

渋谷に集まって、ちょうど1年後である。記念すべき第一声は、モーツァルトのディヴェルティメント。聴衆の複数の証言によれば、この出だしの音は予想よりはるかに上質のものであったらしい。だがこの演奏会、その後はすこしだれ気味であった。なんにせよ、楽章が多すぎるのだ。4曲あわせて、なんと20楽章! 無節操に曲を並べた、幸せな時代であった。

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 第2回 1989.3.4 旧東京音楽学校奏楽堂 (上野公園内)

テレマン     組曲「ドン・キホーテ」
メンデルスゾーン 弦楽のためのシンフォニー第9番ハ長調
モーツァルト   ヴァイオリン・コンチェルト第3番ト長調K.216
ブリテン     シンプル・シンフォニー

  指揮    柳生峰人
  ヴァイオリン  田中信介

メゾンに集まったメンバーは多士済々だった。「辛口の音楽」というコンセプトはさておき、各人が求める「辛口」の味付け具合はばらばらだった。メンバーの技量に幅がありすぎて実に練習しにくい団体だったのである。第2回から第5回にかけては、内部から棒振りを出して、このボタンの掛け違いをなんどかはずそうとした時期だったと言えよう。この第2回はコンマス田中によるコンチェルトが好評。この曲のためだけに駆けつけてくれたFlとObとHrに感謝して、アンコールは、モーツァルト/ポストホルン〜第4楽章。

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 第3回 1990.1.20 バリオホール

ヴィヴァルディ  四季
バルトーク    ルーマニア民俗舞曲
モーツァルト   交響曲第29番イ長調K.201

  指揮      柳生峰人
  ヴァイオリン  井上登志夫、谷口朋子、田中信介

四季は春を井上、夏と秋を谷口、冬を田中がsolo。谷口朋子さんは、当時東京芸大生。だが我々にとっては京大オケの谷口部長(当時)のお嬢さん。京大オケが81年夏にヨーロッパ演奏旅行に行こうとしていたとき、彼女は中学生ながら練習に参加したことがある。結局ヨーロッパには一緒に行かなかったがそのとき以来の仲間とも言える存在だった。その後彼女は、ドイツに留学し、現在は神戸室内合奏団などでご活躍である。前回のアンコールが楽しくて、第3回はメインでモーツァルトの29番を取り上げる。だがいい出来とは言いかねた。アンコールはハイドン/Sym.89番4楽章。

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 第4回 1990.10.27 バリオホール

ヘンデル     コンチェルト・グロッソOp.6-7 変ロ長調
モーツァルト   フルート協奏曲第1番ト長調K.313
オネゲル     夏の牧歌
チャイコフスキー 弦楽セレナーデ
 
  指揮     柳生峰人
  フルート   佐佐木佐

京大オケのOB団体という殻と弦楽合奏志向という殻をかぶっていたのではメゾンは成立しないということは回を追うごとに明らかであった。管の比重は徐々に高まり、第3回のバルトーク、第4回のオネゲルは客席からは好評を博す。アンコールは、モーツァルト/イドメネオ メヌエット。これは今は亡き山田一雄先生、お得意のアンコールピース。

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 コール・フロイデ 第4回定期演奏会 賛助出演  
  1989.12.10  府中市民会館大ホール

モーツァルト   レクイエム ニ短調 K.626

 指揮 新田ユリ
 独唱 河野明子(S)青野まどか(A)
    佐野成宏(T)中瀬日佐男(Bs)
 合唱 コール・フロイデ

VaのO氏の紹介で合唱団と共演。

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 第5回 1991.7.13 石橋メモリアルホール

モーツァルト   交響曲第17番ト長調K.129
バッハ    2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV.1043
モーツァルト   セレナーデ第11番変ホ長調K.375
ドヴォルザーク  弦楽セレナーデ

  指揮 柳生峰人
  ヴァイオリン 田中信介 村井智美

木管合奏が始まる。この先、オケの曲をやっていく時に木管(+Hr)8人のアンサンブルは基本ということで。一方弦楽合奏の方は前回のチャイコフスキーに続いて弦楽合奏の定番中の定番、ドヴォルザーク。この曲はとても難しいのだが、石橋メモリアルの響きに助けられて好評。アンコールはハイドン/セレナード。こっちの方がよかったという声もあった。

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 三鷹木曜会 『メサイヤ』20周年記念公演出演 
  1991.12.16 新宿文化センター大ホール

ヘンデル     メサイア

  指揮 飯守 泰次郎
  独唱 日比吉子 畑和子 唐津東流 高橋修一
  合唱 三鷹木曜会合唱団


再びO氏の紹介で合唱団と共演。主催者の方を時にはいらつかせながらも、飯守先生の棒に触れられたのはこれまたラッキーだった。

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 第6回 1992.4.5 バリオホール

モーツァルト   交響曲第33番変ロ長調K.319
モーツァルト   ディヴェルティメント変ホ長調K.Anh.226
バーバー     弦楽のためのアダージョ
バルトーク    ディヴェルティメントSz.113

  指揮 森口真司

5回まで棒を振った柳生が育児に専念ということで休団、コンマス田中も多忙でリタイア。メゾンはあらたな体制に踏み出すことになる。指揮は森口氏。京大から東京芸大の指揮科に入り直した猛者である。バルトークのコンマスは東京芸大の増田知子さん。第5回から弾きにきてくれた方である。バルトークもさることながら、モーツァルトの33番が好評。

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第7回 1993.1.24 バリオホール

R=シュトラウス メタモルフォーゼン
ベートーヴェン  管楽八重奏曲Op.103
モーツァルト   交響曲第36番ハ長調425「リンツ」

  指揮 森口真司

コンマス田中が復帰。リンツのコンマスは井上。前回のバルトークに引き続き、メタモルフォーゼン、リンツなど充実感ある曲目が並んで、もう1step脱皮しようとした時期である。だが演奏面での充実感とは逆に、マネージメント面でのさまざまな苦悩は深まっていく。そしてこの第7回演奏会の後、メゾンは突然の謎?の休止[ゼネラル・パウゼ]に入ることとなる。マネージメントがパタッと止まってしまったのだ。しかし、それに対して誰もが「どうなったの?」と言うばかりだった。

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 新生メゾン

その4年後の1997年1月、メンバーが顔を合せる機会があった。そこで「もう一度やろうではないか」という声があがる。4月には新宿で打ち合わせが持たれ、コンセプト、スタイル、メンバー、演奏会、等々あらゆることが話し合われた。京大OBの集まりではないこと、フレキシブルな室内オケ形態にすること、佐々木さんは音楽監督という立場でなく見守っていく、ということなどを確認。5月と7月には弦楽合奏のお遊びを催し、旧メンバーが再会し、又新しい若いメンバーも増えた。演奏会は翌年の1月と決まる。

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 第8回 1998.1.24 石橋メモリアルホール

モーツァルト   魔笛のためのハルモニームジーク
ベートーヴェン  セリオーソ(マーラー編曲版)
ワーグナー    ジークフリート牧歌
ハイドン     交響曲第83番ハ長調「熊」

  指揮  柳生峰人

新しいメゾンは、何から何までが模索の対象。予算の立案、入場料の設定、ちらし、パンフレット・・・等々。その結果、手作り色の強い演奏会となった。アンコールは、バッハ/エア 〜管弦楽組曲3番。ともかくも、メゾンが再開できてよかった。

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 第9回 1999.2.21 みなとみらい小ホール

シューベルト   交響曲第5番変ロ長調
マーラー     アダージェット(交響曲第5番より).
ラヴェル     亡き王女のためのパヴァーヌ
         クープランの墓

  指揮  森口真司

再び森口氏登場。この回あたりから、室内オケとしてのプログラミングとなっていく。入場無料もこの時から。入場料を設定することに無意味を感じたからである。演奏会の曲目解説には「ウィーンとパリ、二人の美貌の姉妹」という一文が添えられた。アンコールは、「シューベルト(レオ・ブレッヒ編) 感傷的なワルツ」。以前のメゾンとは全く違う団体みたいだ、とはある聴衆の方の感想。新生メゾンが姿を明確にし始めたと言っていいだろう。好評な演奏会。

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 第10回 2000.2.20 みなとみらい小ホール

ブリテン ヤング・アポロ ピアノと弦楽四重奏と弦楽合奏のための
モーツァルト   ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488.
ハイドン     交響曲第1番ニ長調
プロコフィエフ  交響曲第1番ニ長調「古典」

 指揮  森口真司
 ピアノ 石井克典

これまでコンチェルトをやることはあっても、ソリストは内部から出していた。モーツァルトのピアノコンチェルトをやりたいという声があがり、CbのK氏が石井さんを推薦。石井さんは音楽にひたむきに向かわれる一方で、とてもフランクな方。ブリテンの切れ味、モーツァルトの陰影ともにすばらしく、間近に純度の高い音を聞かせていただいたことはとてもよい経験となった。石井さんのアンコールはモーツァルト/ファンタジー ハ短調。打ち上げでも、石井さんにメンバーから「次も一緒にやりましょう」と多くの声がかかる。プロコフィエフは予想通り難曲だったが、好評をいただく。アンコールは、プロコフィエフ/ロメオとジュリエット〜マドリガル。演奏会の曲目解説は「古典という名の革新、恐るべき青年たち、音律と調性」。すこし教条主義的だったかも。

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 第11回 2001.3.4 みなとみらい小ホール

R=シュトラウス 「カプリッチョ」〜幕開けと月の光の音楽
モーツァルト   ピアノ協奏曲第25番ハ長調K..503
メンデルスゾーン 交響曲第4番イ長調「イタリア」

 指揮  森口真司
 ピアノ 石井克典

カプリッチョではちょっとした照明の演出を試みた。6重奏の部分は譜面台照明でオケピットの雰囲気を狙い、「月の光の音楽」ではオペラの舞台上の照明の変化に合わせて徐々に明るくしてみた。こういうことも時にはやってみてもいいのではないだろうか。
モーツァルトのピアノコンチェルトは前回に引き続き石井さんと共演。前回よりも一体感があった。石井さんの弾かれたアンコールはブラームスのハンガリー舞曲第1番。もともと4手のためのものをブラームス自身がピアノ独奏用に編曲した超絶技巧曲。
メインの「イタリア」。練習ではその難曲ぶりに苦しんだわれわれだったが、全般的に勢いがあった快演だったと好評をいただく。
アンコールは、カヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲。単に美しい間奏曲なのではなく、「午後の時間に一瞬空白となる南イタリアの風景と悲劇の予感」というイメージで演奏したつもりだったが・・・。所詮われわれは日本人であったか?
プログラムノートはヨーロッパ列車紀行。S氏による名文である。

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 第12回 2002.2.17 みなとみらい小ホール

レスピーギ 組曲「鳥」
吉松 隆  鳥は静かに・・・
ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」

 指揮  森口真司

レスピーギはカリカチュアの面白さ。吉松の悲歌は日本の空気感。そしておなじみベートーヴェンの田園はウィーン郊外の自然の音。こういったものを描き分けたいと思っただが、やはりベートーヴェンはむつかしかった。そしてアンコールにはワーグナーの「森のささやき」。ということで鳥づくしともいえる演奏会。たとえばカッコウを古今東西の作曲家がどのように扱ったか、などは考えてみると面白いテーマである。

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 BEC(英国大使館合唱団) チャリティコンサートに賛助出演

British Embassy Choir(英国大使館合唱団)
指揮:Steven Morgan
テレマン "Magnificat in C"

2002.12.7(土) Tokyo Union Church、表参道
2002.12.15(日) 明治学院チャペル 白金台

9人で出演。何とテレマンのマニフィカト C-durはアジア初演だったらしい。それにふさわしい演奏ができたのだろうか? われわれにとってバロックの合唱曲の演奏機会は案外ないので、貴重な体験だった。それに非日常的な体験もできた。練習も打ち上げも連絡のメールも全て英語だったこと。日頃出会わないような方々と知り合いになれたこと。明治学院のチャペルの建物としてのすばらしさも挙げておきたい。

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 第13回 2003.2.2 川口総合文化センターリリア 音楽ホール

モーツァルト  交響曲第1番変ホ長調K.16
C.P.E.バッハ  フルート協奏曲ニ短調
モーツァルト  交響曲第39番変ホ長調K.543

 指揮とフルート独奏 寺本義明

横浜での演奏会が続いたのとホールがなかなかとれなかったことで、場所を変えてみたが、すばらしい響きのホールだった。そして指揮には寺本氏を新たにお迎えした。メンバーの多くと大学時代一緒に音楽をした昔の仲間だが、今や日本屈指のフルーティスト。指揮もしながらの独奏だったが、その音のすばらしさにはステージ上の我々も鳥肌がたった。メインにはモーツァルトの39番。アンコールにはチャイコフスキー「モーツァルティアーナ」よりメヌエット。晩年のモーツァルトの充実感と大胆な和声にあらためて驚いた。お客さんが少なくて残念。メンバーに埼玉県人はほとんどいないので無理もないかも知れないが、東京から近いんだし次回は集客がんばらねば。

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 第14回 2003.2.29 川口総合文化センターリリア 音楽ホール

リュリ   「町人貴族」から
モーツァルト   交響曲第31番 K.297「パリ」
R.シュトラウス  組曲「町人貴族」

 指揮 寺本義明
 語り 神田織音(講談師)
 ピアノ 内藤佳有

演奏会の度に、音楽や人との新たな出会いを感じる我々だが、今回はとくにその出会いが多岐に及んだ。
まずフレンチバロックものは初挑戦。語法に慣れるのに苦労したが、リュリの軽やかでダンサブルな音楽はとても楽しかった。そしてR.シュトラウスでの講談との出会い。もともとは劇音楽である「町人貴族」を神田織音さんに語っていただきながら新たなコラボレーションを試みた。さまざまな資料をあたって講談のオリジナル台本を作り、舞台では下手側に赤い毛氈をひいて講談コーナーを用意。織音さんの語りは、それはそれはすばらしいもので、舞台上で共演しているわれわれですら思わず笑ってしまうほど。日本の話芸のすばらしさをお客さんともども味わうことが出来た。アンコールは、再び織音さんに語っていただきながらリュリの「町人貴族」トルコの行進曲をR.シュトラウス出演者全員で。モーツァルトやベートーヴェンのトルコ行進曲のさわりも入れ、最後には寺本氏がポケットからピッコロを取り出してやおら客席に向き直り、日本一の笛を聞かせるという趣向つき。一部のメンバーには超絶的なソロが要求されもした超難曲だったが、楽しく演奏することができた。モーツァルトも好評。お客さんからの反響も大変大きくて、永く記憶に残るであろうという演奏会。

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 第15回 2004.8.1 神奈川県民小ホール

モーツァルト ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595
マーラー  大地の歌
   (シェーンベルク・リーンによる室内楽版 )


指揮  寺本義明
ピアノ 石井克典
独唱  田村由貴絵
    大川信之

2管編成のオーケストラ曲でないものもやっていこう!という企画第一段が この極上のプログラミングの演奏会となって結実した。まずはモーツァルト 最後のピアノ協奏曲27番。ピアノの石井さんとは2年半ぶり、3回目の モーツァルトの共演。今回も我々はステージ上で至福のひとときを味わっ た。石井さんの音の何と美しいこと!
そして大地の歌。各パート一人ずつでこの大曲を演奏するのはとても大変 だったが、これだけの名曲を独唱のお二人と指揮者含めてステージ上の18 人で共有するぜいたくな時間。出演メンバーは全員深い感動と充実感に包ま れた。独唱のお二人は二期会から来ていただき、美しい声を間近で聞けたこ とも大変幸せなことだった。
打ち上げはホールから歩いて5分の横浜中華街。唐詩をテキストとする大地 の歌の打ち上げに相応しい場所である。そして折しもこの日はみなとみらい の花火大会。花火を見上げながらまた幸せな達成感を味わったのである。

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 BEC(英国大使館合唱団) チャリティコンサートに賛助出演

British Embassy Choir(英国大使館合唱団)
指揮:Steven Morgan
J.S.バッハ "Magnificat BWV.243"

2004.12.10(金) Tokyo Women's Forum 表参道
2004.12.12(日) 明治学院大学チャペル 白金台

2年ぶりに英国大使館合唱団と共演。バッハの傑作をクリスマスシーズンに奏でられる喜び。打ち上げでは無料で英会話の実践教室。ありがたいことである。

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