「よう、熊さん」 「八っつぁんじゃねえか。えれえ久しぶりだな」 「それそれ。久しぶりなんて言っても、いったい誰が俺らのことを覚えてるってんだよ」
「誰かいるだろう。ま、これを読んでる人でわかる人がいたら、表彰もんだな」 「前の登場がいつか知ってる人がいたら、メールでもほしいもんだ。何にも出ないと思うけどな、書いた人間は喜ぶだろ」 「ヒントはプログラムってとこか」
◇
「ところで熊さん。基本的なことを聞いていいか」 「おう。なんでも来いだ」 「このウェストフィールド管弦楽団のウェストフィールドって何だ?」 「これはだなあ……」
「ひょっとして、あれと関係があるんじゃないかと思ってさ」 「あれっていうと?」 「イギリスの自動車メーカーで、メーカーっていってもバックヤード・ビルダーに毛が生えたようなものだけどな、ほら、昔、ロータス・セブンてレーシングカーがあっただろ」
「あっただろ、て言われてもなあ……」 「あれをそっくりそのままの形で今でも生産してるのがケイターハムとかバーキンとかなんだけどな、そうそう、ケイターハムって、イギリス英語だとケイタラムの方がもとの発音に近いらしいんだけど」
「八っつぁん、話が著しくそれてねえか?っつうか、そもそも何の話だ?」 「そのロータス・セブンのスピリットを継承した車を作ってるメーカーがいくつかあってな、日本のミツオカ・ゼロワンなんてのもあったけど」
「だからそれとこの話とどうつながるんだよ」 「熊さん、人の話は最後まで聞けよ。江戸っ子はせっかちでいけねえ」 「わかったわかった。聞いてやるからとっとと終わってくれ」
「その、ロータス・セブン現代版のキットカーを作ってるのがイギリスのウェストフィールドなんだよ」 「それで?」 「それでってな、熊さん、俺はまた、このオケにえれえコアな車マニアがいて、そいつが名付け親かなと思ってさ」
「そんなやついねえって。いたとしても通るわきゃあねえだろ」 「それじゃあ熊さん、これはどうだ。オーストラリアはシドニーの西の方にあるパラマッタ公園内の、オーストラリア最大のショッピングセンターがウェストフィールド・ショッピングタウンって言ってなあ……」
「やめやめ!八っつぁんの蘊蓄を聞くコーナーじゃねえって。ああもう、こっちが恥ずかしくなってくるよ。そんな深くねえんだよ。ウェストは西、フィールドは原」 「そのまんまじゃねえか」
「そうだよそのまんま。このオケの前身となったのが東京外国語大学OB管弦楽団て言ってな……」 「しかし長ったらしい名前だなあ。響きも美しくないし、だいいち言いにくい」
「そうそう、この時代の楽譜係が、他のオケに連絡するときに、 『東京外国語大学OB管弦楽団楽譜係ですが』 って一息で言えたことがないって嘆いてたっけなあ」 「今はその話じゃねえだろ」
「八っつぁんが振ったんじゃねえか! その東京外国語大学が当時あったのが、東京都北区の西ヶ原ってところだったんだよ」 「西ヶ原だからウェストフィールド。単純だなあ。熊さんよ、説明するのにこんな文字数は必要ねえだろ」 「だ・れ・の・せ・い・だ・と・お・も・っ・て・る・ん・だ!」
◇
「で、熊さんよ、そのウェストフィールド管弦楽団って、どんなオケなんだ?」 「ひとことで言うのは難しいな。練習場が決まってるわけでもなし、練習日はいちおう隔週の日曜日ってことになってるけど……」
「じゃ、曲の傾向とかはどうだ」 「お、なかなか目の付け所がいいな……と言いたいところだが、これもバラバラ。逆に言やあ、バラエティに富んでるってことかな」 「例えばどんなふうにだ」
「例えば、ときどき発作的に大曲をやる。98年にはショスタコーヴィッチの8番をやったし、前回はブルックナーの8番をやった」 「リキ入ってるじゃねえか」 「まあ、俺あ団員じゃねえから言うが、どっちもなかなかの名演だったらしいぞ」
「ふーん。俺は聴いたわけじゃないから信用しねえがな。ま、8番、8番と来たんだ、次はマーラーの8番あたり期待しようじゃねえか」 「そりゃ無理だろ。ありゃあ 『千人』 いるんだろ」 「実際は6〜700人でいいらしいぞ」
「同じだって!」 「大曲も、やるならそこまでやって欲しいところだがな」 「別に大曲好きのオケってわけじゃねえんだよ」
「じゃあ、あとは何だ?」 「そうだなあ。これも発作的に、超レア曲をやる」 「例えば?R・シュトラウスの2曲ある交響曲のうち若い方のニ短調でもやったか?」
「えっ?R・シュトラウスに交響曲があるって?しかも2曲も……って感心してる場合じゃなくて」 「こんなの感心するうちに入らねえぞ」 「わかったわかった。例えば、95年の、アマオケではほとんどやらないショスタコーヴィッチの6番とか」
「まあまあだな」 「じゃあ、ウォルトンのヴィオラ協奏曲」 「そりゃあ、レアというより、よくあのヴィオラを弾ける人がいたもんだ」 「おうよ。なにせ、天下のNHK交響楽団のヴィオラ・フォアシュピーラー、小野富士氏がこのオケのトレーナーでえ。でもって、ソロもやったんだ」
「まあ、そりゃあ、どっちかというとよく弾いたで賞だな」 「なんだよ、その力の抜ける賞は。じゃあ、これはどうだ。これも95年だが、グローフェの 『ミシシッピ組曲』 」
「それはひょっとして、かのアメリカ横断ウルトラクイズの 『はい、1人抜けた〜』 の タッタッタッタラタラッタラ〜チャッチャッタッタラタラタッターとか、 『これで10人勝ち抜け決定!それでは次のポイント、ソルトレイクにゴー!』 のタッタラータタタタタタッタラータラー……とか、おいしいフレーズが入ってるあのミシシッピ組曲か」
「リアクション長すぎ!」 「確かにレアではある」 「認めるか」 「このクラスのレア曲があと5〜6曲は挙がらないとレア曲狙いとは認められねえな」
「だからレア曲狙いのオケじゃないんだって! さっきから薄々気づいてたけど、八っつぁん、お前、人の話聞かねえだろ」 「ってことは普段はフツーに古典派とか、ロマン派とかをやってるわけか。ベートーヴェンとか、チャイコフスキーとか」
「チャイコはお得意とも言えるな。ショスタコもそうだけど、ロシアものには強いって評判だ」 「その評判ってのも、どこで立ってるんだか知らねえけどな。そもそも、評判ていうのはまず母集団を定義して……」
「はっ! 完璧に流されてしまった」 「熊さん、人の話聞けよ」 「そ・れ・は・こ・っ・ち・の・台・詞・だ!」
《続く?》
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