このコラムに寄稿するにあたり、編集長氏からはブルックナー8番をテーマとして書くよう、依頼されていた。
たしかに、私は高校生のいつ頃からかブルックナーの精神世界を体験し、5番、7番、9番を演奏し、このオケに関わった契機も8番を演奏したこと(というかそういう個性が光る選曲)にある。
しかし、実はドヴォルザークの音楽も、特に私が敬愛してやまない指揮者であるクーベリックとの関係においてきわめて重要で、「新世界」 を演奏する機会に恵まれたので、感じるところを少し整理してみたい。
ラファエル・クーベリック(1914-1996)の経歴は、オペラハウスの下積みから 「叩き上げ」 たというよりも、チェコの偉大なヴァイオリニストであった父ヤンの音楽一家に生まれ、初めからヨーロッパ400年の音楽文化を担う後継者として運命づけられていた。
19歳でチェコ・フィルをはじめて指揮し、最初の結婚をした28歳に首席指揮者となったところまでは順風満帆のように見えたが、34歳でその地位を捨てて共産主義化した祖国を逃れ、夫人は程なく重病に罹り亡くなるまで20年もの看病生活を余儀なくされた。
本業においても英米では日の目を見ず、政治的イデオロギーに毒された楽壇と苦闘のすえシカゴ響の音楽監督の地位を辞任せざるを得ず、コヴェント・ガーデン王立歌劇場・メトロポリタン歌劇場とも運営体制が整わず長続きしなかった。
安定を得られたのは60年代以降で、豪州出身の歌手と再婚し、祖国に程近いミュンヘンのバイエルン放送響を本拠として楽員と深いコミュニティを築いた。
1990年になってようやく民主化した祖国へ帰還を果した 「プラハの春」 の演奏会は、TVでも放映されたのでご覧になった方も多いのではないか。
このような、如何にも西欧文明の悩みを共に背負わされた英雄物語と呼べそうな、幾多もの試練と困難に満ちた人生が彼の音楽にどの程度投影しているのか、安易に結論づける事は出来ない。
むしろその演奏には自らの苦渋を語ることによって同情を誘ったり、甘美な陶酔に逃避するような姿勢は微塵も感じられず、厳格な様式感を以ってこれら感傷の流出を戒めているように思われる。
勿論、冷たい機械的な演奏でもなく、聴き手は無限の温かみに包まれ音楽に集中してしまうのであるが、人間の全身全霊を投じているだけで良しとせず、同時に人間らしい倫理を伴うこと、内省的であることも自らに課している。
他にも、管弦楽という集団の次元を超えてもっと素晴らしい、個人的な、人間の精神的領域に音楽を誘う指揮者はいる。フルトヴェングラー、チェリビダッケ、ヴァント、ジュリーニ、フリッチャイ、アバド、等々。とりわけ、クーベリックの演奏は天馬が駆けて行く様を見るようである。
常に遠くを見つめ、音楽と人間の関係、人間と神の関係、存在に関わる根源的な問題を考えていながら、決して厭世的にも悲観的にもならず、生命力を失うことがない。
こういうことであるから、彼のいくつもの 「新世界」 演奏について特定の技術的な問題を採り上げて成功したか否かを論ずることは困難で、どれも結論とも始まりとも言えるような存在である。
敢えて言えば4種の録音のうち、望郷の情熱がもっとも強く表出されているのは72年ベルリン・フィルとの演奏(別表8番)で、彼としてはあまり速くないテンポから、ひとつひとつの音符が情念を渦巻いて聴き手に迫って来る。
それでも明確な解釈の意図を感じさせるテンポ・ルバートやアッチェレランドは少ないのであるが、年を経るにしたがって速くなり引き締まってきて、91年懐かしきプラハの聴衆に聞かせた演奏会(別表11番)では、前半に演奏されたモーツアルトの純粋さにも通じ合って澄んだ心境を映し出していた。
この演奏会のリハーサルと、その1年後にこの交響曲とドヴォルザークについて語ったインタビューの映像が手元にあるので、その内容を抜粋してみる。
…(第4楽章の冒頭)「この楽章は行進曲ではなく、賛歌 Hymnus だ。それも宗教的なものではなく、無数の民衆の賛歌だ。人々の喜びを歌ったのだ」
…(CLソロからテュッティに至る箇所で)「ここで突然、眼前に大きな世界が開ける。夢見るような幻想的な雰囲気を大切にして欲しい。」 「フィナーレはこの曲の精髄だ。先立つものは何であったか?ダンス、追想、メランコリー…そしてフィナーレでは、相容れないような多様なテーマが力強くドラマチックに対比され、また対旋律となって融合し補い合っている。」
「ドヴォルザークは純粋な人間で、慎ましい態度で偉大な作品を書いた。彼の澄みきった内面を感じて奏でて欲しい」
…(展開部、次々に転調を重ねて行くところ)「この部分では、冒頭の主題、ラルゴの主題、スケルツォの断片、これらが短い音符の繰返しのなかに凝縮されている。形式だけの対位法ではなく、遠大な距離を、水平線まで見渡す広がりを感じる。ここで現実の時間の感覚は消えうせ、全宇宙が我々を包み込む。」
…(展開が頂点に達し、再現に入るところで)「ここで全ての主題の拡大と縮小が行われ、対旋律的な結合の頂点に達する。それは音楽的な高揚だけでなく、精神的にも強烈な高まりがある。ここには見せかけでない、内面の真実に裏打ちされた美しさを感じる。表現されているのは、祖国へ帰ろうという決意なのだ」
…(再現部後半、コーダに至るところで)「ここは、単なる余韻ではなく、内面的で哲学的な祈りではないだろうか。各々の主題が特質を帯び、その訴えかける力強さが聴き手の心を打つ。と同時に、この曲全体への答えが示される…唯一必要なものは内面の強さなんだ、とドヴォルザークは感じていたはずだ。
では、内面の強さに至るには?それは謙虚さと心の平安がもたらすのだ。現実の世界に眼を向けると物欲が支配しており、対立、争いが絶えない。しかし、内なる 『私』 のなかに平安が在る。 『私』 とは、あらゆるものの統合、全てを超越した精神であり、われわれが経験してきたことのすべてを踏まえた、非常に前向きな姿勢として感じとることができる。
それは交響曲全体の問題に対する結論ともいえる。すなわち、全てのものが偉大な理念に向かっているのだ…真実の美と愛に向かって。」
「ドヴォルザークは何も求めず、ただひたすら音楽に身を捧げた。われわれは、彼の献身と愛に見習う必要がある。」
セルジゥ・チェリビダッケは音楽と指揮について、知識をもって解釈することよりも自ら経験することの重要性を強調し、音楽の 「 『始まり』 に内包される 『終わり』 の生きた姿を体験する」 ことを通じて、演奏者・指揮者ひとりひとりに内在する人間性が音楽そのものであることを発見するよう、弟子たちに説いた。
また、ギュンター・ヴァントは、交響曲にとって正しいテンポを探り当てること、構造と形式を正確に把握することによって、指揮者の 「解釈」 を加えずに音楽が自然に流れ、作曲家の意図が 「理解」 されることを目指し、自ら目的を達するための献身を惜しまず、謙虚さをもって音楽に集中した。
飽くことなく探求を続けた偉大な音楽家たちの姿勢において本質的に大きな差異はないように見えるが、導き出された結論は三者それぞれの個性を色濃く反映したものとなった。
激しい気性を平穏な調和のなかに包み込むチェリビダッケ、厳粛な空気に置かれた聴衆に作曲家との孤独な対話をなさしめるヴァント、両者の演奏と比較したとき、クーベリックの演奏に光る唯一無二の個性は、あたかも家族が側にいるかのような愛情の豊かさである。
その演奏を聴きつつ、己を律する精神の高みへ上らんとする人間の姿を仰ぎ見るとき、現実の俗世に疲れ擦り減った聴き手の心にも手をさしのべ、支えとなり、共に歩んでくれる、そういう温かみを伴っている。
クーベリックが 「新世界」 について語ることと、クーベリックの 「新世界」 について語ること、また 「新世界」 について語ること、クーベリックの演奏芸術について語ること、これらをここまで区別して来なかったが、明確に線を引くことは私には出来ない。
今は全て渾然一体不可分のことと感じている。
最後に、手元にある他の指揮者による 「新世界」 の演奏に言及したい。クーベリックと双璧を成すと言っても良い強烈な個性の演奏は、既に引退を表明したジュリーニによるもの(別表5番)である。
クーベリックにあっては第2楽章に描かれていた追憶の風景はここでは交響曲全体を覆っており、彼の夕映えに輝く芸術の至境を実現している。弦楽五重奏の余韻はいつまでも響いていて欲しいと思わせる。
クーベリックの後継者として、「新世界」 を200回近くも指揮してきたというノイマンの最後の 「新世界」(別表15番)は、ジュリーニ同様に年輪がもたらす味わいと威厳に満ちているが、よりチェコ・フィルの伸びやかな歌心を活かしている。
筆者は最近までクラリネットやホルンのヴィブラートに必ずしも賛同していなかったが、アシュケナージが指揮するチェコ・フィルの演奏を母校の講堂で聴くことができ、室内楽的な密度の濃い響きを耳元に触れて以来、その考えをすっかり改めるようになった。
そのアシュケナージの指揮(別表21番)もオケの個性を良く引き出しているが、全体に若々しく快活である。最近放送されたアバドのベルリン・フィルとの最後のシーズンにおける果実(別表19番)も、私にとっては宝物である。
前回の録音に比して凝縮と昇華が進み、繊細で柔軟なオーケストラの共感と献身を十二分に引き出している。
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