クラシックでは、一つの演奏会の中で数曲(3曲のことが多い)を「プログラム」として組み、演奏するというスタイルが多い。
このプログラム作りにはそのオーケストラの姿勢や指揮者の考え方が色濃く反映し、それがオーケストラの個性を形作ることにもなる。
しかし、果たして「プログラム」というものはどうやって組まれるのだろうか。
ことに、数回の練習で本番を迎えるプロオーケストラに比べ、半年から1年という長いスパンでそのプログラムに取り組むアマチュアオーケストラにおいては、
どんな曲を選んで演奏するかはより切実な問題となる。ここでは、今回第20回の演奏会となるウエストフィールド管弦楽団のプログラムについて、
その前身となった東京外国語大学管弦楽団時代のものも含めて検証してみたい。
全体的に見ると、いわゆる「定番」の曲に混じって、編成上なかなか取り組みにくい大曲、そして一風変わった曲が目に付く。
中でも、あまり普通行なわれないような「プログラム」をあえて組んでいる回に注目し、話を進めたい。
■第4回
ベートーヴェン:交響曲第7番 ショスタコーヴィチ:交響曲第6番
同じリズムを重ねていくことで聴き手に強烈な印象を残すベートーヴェンの7番をあえて前半に置き、
ショスタコーヴィチの中でも前半の重厚なテイストから後半の軽快な曲調への変化が鮮やかな6番で締めくくることで聴き手に爽やかな聴後感を与えるという狙いだろう。
しかもベートーヴェンという古典の中の古典と「現代の古典曲」とも言われるショスタコーヴィッチとの共通性をも考慮に入れたカップリングと言える。
WFO「あ、いえね、最初にショスタコをやることに決まったんですが、あの曲ってマイナーじゃないですか。
それで一部からもっと皆が知ってる曲をやりたいっていう意見が出て、特に弦からベト7という声が強かったので……」
オ、オホン。そういった事情を踏まえつつも結果的に魅力的なプログラムを組んでいくことこそがアマチュアリズムの粋であろう。
■第7回
R.コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」 ベートーヴェン:交響曲第8番
一方で同じベートーヴェンを取り上げつつ、第7回では8番をメインに据えて、その前にはあえて『シェエラザード』を選んでいる。
通常であれば華やかなオーケストレーションを持つ『シェエラザード』で演奏会を締めたいと考えるところだが、ここではベートーヴェンの8番が持っている力を信じ、
前半にあえて華やかな曲を演奏することで聴衆の耳を捉え、また慣らす(観客はクラシックの演奏会に慣れた人ばかりではないのだ)。
そして本当に聴かせたいベートーヴェンに持っていくという、聴き手の心理まで考えたプログラムに思える。
WFO「この前7番をやったから、今度は8番という意見が強くて、まずそれが決まったんですわ。
そうするとトロンボーンとか打楽器のローテーションの問題で編成が大きくて、金管が活躍する曲を合わせないといけなくて」
ま、まあそういった団内の事情を踏まえつつも結果的に(以下省略)
■第5回
グロフェ:ミシシッピー組曲 ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容 ブラームス:交響曲第3番
開拓史時代のアメリカを描いた『ミシシッピー組曲』、自国の古典曲をテーマに取り上げたヒンデミット、
そして彼らの視線の先にあったに違いない《ロマン派》を代表するブラームスの中でも最もドラマチックな3番。
一見ばらばらに見える曲を集めながらその多様性と裏に流れる共通の視点を感じさせる深く考えられた選曲ではないだろうか。
WFO「ミシシッピー組曲って、『アメリカ横断ウルトラクイズ』で使われたフレーズが入っていて、聴いたときの衝撃が大きかったんですよ。
もうノリで即決って感じ(笑)。ヒンデミットもインパクトありますよね。まああれもノリかな。
ブラームスが決まっていたんで、みんなそういうインパクトを求めていたっていうか……」
そ、そういう気持ちの流れを大切にしながら選曲に取り組み、結果的に魅力的なプログラムを……。 ああ、書いていてだんだん馬鹿らしくなってきた。
■第15回
ラヴェル:古風なメヌエット ドビュッシー:交響詩「海」 フランク:交響曲
すると何かい、フランスの作曲家で統一しながら、オーケストレーションの魔術師と言われるラヴェルの中でもあえて「古風な」メヌエット、
そしてワーグナーに陶酔しつつ印象主義を突き詰めて行ったドビュッシー、
そしてまるでドイツ古典派のようにしっかりした構成を取るフランクの交響曲というタイプの全く異なる3曲を組み合わせた、この一見理論的で美しいプログラムも、
偶然の産物ということですか?
WFO「ああ、あれ。いいプログラムでしょう。いやあ、あなたもたまには正しいことを言いますね」
■第16回
ニールセン:序曲「ヘリオス」 シベリウス:交響曲第3番 ブラームス:交響曲第4番
う、うむ。やっと彼らもここで「プログラミング」の何たるかをつかんだようだ。
その次の第16回も、幽玄な雰囲気を持ちつつ輝かしい日の出を描いた「ヘリオス」に始まり、
寒く冷たい土地に一筋の光が差したような牧歌的とも言えるシベリウスの3番、
そして哀愁に満ちながらその中に強い情熱を秘めたブラームスの傑作である4番というプログラムも、非常に素晴らしいものだ。
WFO「ああ、あれね。弦を中心にブラームス熱が高くて、やるなら4番でしょうということでまず決まって、そうすると金管の出番が少ないでしょう。
北欧音楽マニアが金管にいて、それで……」
ああ、もういい。オマエら、そんなんばっかりじゃないか!
by 匿名希望(っていうか、名前が出るとヤバいし)
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