<<愛響とわたし>>2001年定期演奏会プログラムから



減量〜就職〜そして愛響 久保雅隆(トロンポーン)

 私が初めて愛響の存在を知ったのは、今から12〜3年前。通っていた中学校の多目的ホールで、愛響の皆さんが練習されていたのを覚えています。そして、私がトロンボーンという楽器と出会ったのも同じ時期でした。
 その当時流行っていた楽器はサックスで、もちろん私の希望楽器もアルトサックスでした。しかし、二者択一を迫られた楽器はユーフォニアムとトロンボーン……いろいろと事情はあったのでしょうが、体型と唇がその理由じゃなかったのかと思います。今では164cmで54kgと、いわゆるミクロマンな私も中学時代は155cmほどで70kg以上もある立派な肥満児だったのです。
 しかし、中学3年の秋頃からダイエットに挑戦、2ヵ月で17kg、3ヵ月で20kg、中学卒業時には30kg近くの減量に成功していました。25年の人生、後にも先にも「自分で自分を誉めてあげたい」と思ったのは、この事ぐらいでしょうか・・・・。
 そうして生まれ変わった後、高校で吹奏楽部、大学でオーケストラに入部し、新しい楽器に挑戦する機会はあったものの、現在でもトロンボーンを続けています。兵庫〜名古屋と学生時代の6年間は地元愛媛を離れ、2年ほど楽器のブランクもありましたが、地元での就職に際し、去年か'らここ愛響にて再びステージに乗らせて頂いています。働き始めてからじゃ足が遠のくだろうと、仕事の始まる2ヵ月前に入団したのですが、やはり慣れない仕事との両立は大変です。
 私の仕事は「言語聴覚士」と言い、聴く・読む・話す・書くといったコトバの障害、口から食べる事に障害を持った方々のリハビリに携わるもので、まだまだマイナーな職種です。それ故やりがいがあると同時に、自分の仕事を理解してもらう事、結果を出していく事の難しさを痛感する日々ですが、「趣味は大事やぞ!仕事も楽器も1番目指して頑張らなイカン!」と言ってくれる上司がいます。
 そんな応援も励みにしながら、楽器を続ける機会を与えてもらった愛響に、少しでも貢献できるよう頑張らなきゃな、と思う今日この頃であります。

アマ・オケ・ジプシーからみた愛響 中村聡志(ヴィオラ)

 私は転勤族です。これまでも東京・名古屋・岡山と転々とし、現在松山にて!年半を過ごしています。平均すればおおよそ3〜4年に1回は赴任地が変わっていることになります。転勤族にとって赴任地で如何に楽しく暮らせるかは大変重要な問題ですが、私はその決め手となるのはどれだけその土地で生活されている方々と親しくお付き合い出来るかにかかっていると思っています。
 そのため赴任地の地元アマチュア・オーケストラに必ず参加することにしています。気がつくと高校のオーケストラ部に入って以来、正団員として籍を置いたオーケストラは愛響で8つ目、まさにアマ・オケ・ジプシーです。それにしても、それぞれの団体の個性全く違うのは何とも面白いことです。
 さて、それでは我が愛響はどうでしょうか?愛響の特徴は「地域に根差した、地域唯一の本格的オーケストラ」というところにあるような気がします。
具体的に言えば、
1 地域の多くの方が愛響のことをご存じで、とても多くの方が演奏会に聴きに来て頂いています。本当に地域に支えられていると感じます。
2 地域唯一のオーケストラということもあって、音楽関係者が多く参加されてレベルを支えていると思います。
3 団の雰囲気に愛媛の地域性が色濃く現れているような気がします。少し遠慮深い点、宴会が多い点(夜桜の下での宴は最高)……愛媛に感じる特徴を愛響にも感じます。それでいて余所者に冷たくないところも同様です。
 その他にも言葉で表すに至っていませんが色々と感じることが数多くあります。聴衆の皆様、公平にみて愛響は立派なオーケストラだと思います。これからも地域に根差したオーケストラとして支えて頂ければと思います。流れ者である私は、いずれこの土地を離れる日が来ることは避けられないでしょう。だからこそ、それまでの間、この愛響そして愛媛に出来るだけ浸っていきたいと思います。

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