≪オーケストラの楽器≫ その1 フルート 森 万記
第24回定演出演メンバー

 フルートは他の木管楽器、オーボエやクラリネットなどのようにリード(振動舌)などの発音体を持っていません。唇のすきまから吹き出された薄い空気の流れが、歌口のエッジで管の内と外に引さ裂かれるときの振動を共鳴させて音を出します。ビールビン(未成年の方にはコーラのビンといった方が無難か)や万年筆のキャップに唇をあてて吹き鳴らしたことのある人も多いと思いますが、発音原理はフルートと同じです。
 フルートがオーケストラの楽器として定着したのはモーツァルトの晩年ですから、ほかの木管楽器より遅い登場です。しかし楽器として近世から近代に脱皮したのは一番最初でした。ドイツのフルート奏者で管楽器製作者のテオバルト・べ一ムが、自分で考案したキ一・システムを取り付けたフルートを、1832年に発表したときです。べ一ムのシステムは音孔の大きさと位置が音響学的に合埋化されていて、さらにこれによって運指が楽になったのです。
 日本語の「笛」の語源は「吹き柄(ふきえ)」だという説があります。宙は中空の管に息を吹きこむことで音が出ます。息(いき)は「生き」、つまり生命を吹きこむ「吹き柄」だというのです。語源としての確度はともかく、「息」を「生き」と重ねて考えるのは日本だけではないようで、ギリシャ語で呼吸・息を意味するプネウマ(pneuma)にも、生命・霊という意味が含まれています。洋の東西を問わず私たちの祖先たちは、「息」に命を感じ、霊的なもの・神秘的なものを感じていたようです。そしてその「息」を使ってフルートを吹くことは神聖な行為であり、神に祈りをささげることと同義語であると考えたようです。古代エジプトの神殿の壁画に描かれたフルートも、ポリネシアの鼻笛も祈りのために演奏されています。日本の尺八も宗教的な瞑想のための道具であり、一般人の吹奏は禁じられていました。
 ヨーロッパの人たちもフルートに特別な力を見出したようです。ねずみ退治の報酬を支払ってもらえず、怒って町中の子供たちを連れ去った「ハーメルンの笛吹き」の吹く笛は、日本の篠笛を大さくしたような中世のフルートです。モーツァルトのオペラ「魔笛」の主人公タミーノが、夜の女王からもらった魔笛も横吹きのフルートです。タミーノが魔笛を吹くと、森のけものたちは集まってきて耳を傾け、鳥たちは笛に合わせてさえずります。タミーノが最初に登場する時の台本のト書きに、「日本の武士の狩衣(かりぎぬ)を着て」と書いてあります。そうすると「魔笛」は日本の篠笛か能管なのかも知れません。鳥刺しのパパゲーノも、合の手にドレミファソと軽やかに笛を吹きながら、愉快なアリアを歌いますが、これは魔笛ではなく「パンの笛」と呼ばれる縦に吹くフルートの一種です。
 「パンの笛」はギリシャ神話の半獣神パンの名に由来します。パンは美しいニンフ(妖精)のシュリンクスに恋をしました。しかし彼女は毛むくじゃらで醜いパンの姿を嫌って逃げ出しました。しかし河のほとりまできたところで捕まってしまい、絶望したシュリンクスは河の神に祈って葦にしてもらいました。恋にもだえるパンの手の中には風にそよぐ一本の葦が残っただけだったのです。パンはシュリンクスヘの思いを慰めるために葦を並べた笛を作り、いつまでも吹き続けたそうです。吹き疲れたら木陰に身を横たえて午睡し、目覚めたら笛を吹く。いつしかパンは笛の名手になりました。
 蛇足を一つ。パンは午睡の途中で起こされると烈火のごとく怒り、我を忘れて怒り続けました。このエピソードから、自分でどうしようもない恐慌状態を、「パニック」というようになったそうです。

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