渡邉暁雄先生のこと
       
                        岩井倫郎(コンサートマスター)

 愛響の第2回定期以来、10数年指導していただき、私的にもお付き合いをさせていただいた渡邉先生については書き切れませんが、私は教師という立場から、先生の指導法ということについて私なりに感じていたことを書きたいと思います。一言でいえぱ、先生は「No」、すなわち「だめ」と言う否定的な評価を一切なさらなかった方だと思います。初めて先生をお見かけしたのは、私が大学生のころ、もう30年以上前になります。当時国内留学生として芸大で勉強させてもらっていた私は、ある日芸大の門の所で近くに居た学生の「あ、渡邉暁雄先生だ。」と言う声に、その方向を見ますと、長身の何ともスマートな方が何人かの人と談笑しながら門を出ていかれるのが見えました。その方がまだ40代の渡邉先生でした。先生がキャンパス内を歩かれると常に注目の的になり、あこがれの声が聞こえるといった具合でした。歩く姿にもゆったりとした風格が感じられ、先生の一挙一動・表情だけで、学生たちは何かを感じ取らざるを得ないような方でした。

 私は、オケとオペラオケに参加させてもらいましたが、そのころは渡邉先生の他に山田一雄・金子登両先生が指揮者におられ、金子先生が技術的に細かく指導されるのに対し、渡邉先生は若い学生の情熱を最優先するといったような御指導で、学生間で最も人気が高かったようでした。学生の誰もが先生の指揮法やアナリーゼの授業を受けたがり、その気持ちは「今度の曲はアケさんが振るぞ。」といったオケの学生たちの声に現れていました。

 それから10数年たって私たち愛響の前に先生が立たれることになったのでした。忘れもしない御幸中学校(現在の東中)の体育館での第1回目の練習で私たち愛響のメンバーが何と小さな存在に見えたことか。最初の練習曲はウェーバーの「オベロン序曲」でありました。先生は初めから曲をインテンポで通されました。弾き終えた私たちは息を切らし、そのテンポの速さに驚嘆の声をあげました。しかし先生はただ一言「もう一度通しましょうね。」と言われ、私たちの必死の2度目の演奏のあとで「……そうね」とおっしやいました。

 この「……そうね」については私たちの間でいろいろ討議がされ、「……そうね、演奏会はちょっと無理だね。」と続くのだとか、「……そうね、相当ひどい音だね。」という意味があるのだとかそれぞれに模索し、結局は私たち自身でわが演奏を反省せざるを得ないようなことになってしまったのでありました。そして何年か後、先生に「あの『……そうね』はどういう意味なんですか。」と聞けるような状態になったときにも、先生はただニコニコと笑っておられるだけでした。

 以後、「第9」やマーラーの「巨人」などをはじめとして御指導を受けましたが、その10数年もの間の練習の中で、先生の「その音はちがっています。」とか「ハーモニーがだめです。」とか「それはよくない。」といった指示、評価は私は一度も聞いたことがありません。「……そうね、もう少し音量があったほうがいいな。」「……そうね、もう少し高くとって」という、御指導なのです。

 第1回の「オベロン」のたてつづけの2回の練習によって、先生は初めて振る愛響というオケの実力・欠点を知ってしまわれているのです。そのうえで、わずかながらでもそのオケの良さ・長所を認め一つのオケとしての「人格」を認めてくださっているのでした。一人一人の奏者についても同様に、音の出せることを認め、その音をどうすればより良いものになるか、どうすればオケの中で生きる音になるかを指導して下さったのでした。先生の棒で、私は冷汗三斗の思いで何曲かソロをしなければなりませんでした。私は私なりに一生けんめいに練習をしました。1回目の練習のときの私の演奏については何もおっしゃいません。そして2回目、3回目と何週間かおきに先生が来松されるごとに少しずつ、一言か二言ずつ「ここは、こうしたらどう?」「これはこう考えればいいんだよ。」と練習のあとで呼んで言って下さるのです。

 そのうち私も気がつきました。先生は私が練習して苦労した分教えてくれるのだということに。私はこのとき思ったものです。自分はおしゃか様の手のひらの中の孫悟空だと。私たちアマチュアとしての社会的立場や仕事と練習の困難さも認め、そのうえでのオケの力量も認め、そして「……そうね、でも、ここをもう少しこうしたらもっとよくなるんじゃないの。」と私たちを肯定的に引き上げてくださるのが先生の御指導でした。その類のない暖かさは、先生を団の顧問としてお迎えできた誇りとともに、私たち愛響のメンバーの心に永く忘れられない教訓として残ると思います。

合 掌

[愛響の御紹介][コンサート情報][過去の演奏記録][団員募集のお知らせ]
[愛響の一年][団員名簿][愛響ア・ラ・カルト][愛響フォトライブラリー]
[更新履歴][他のホームぺージへのリンク]
 愛響ア・ラ・カルトへ戻ります。
ホームページへ戻ります。