バンドネオンの魅力
門奈 紀生


 アルゼンチン・タンゴの花形楽器、バンネオン。刃物を思わせるような切れ味鋭いリズムは、他のどんな楽器をもってしても太刀打ちできないものがあり、左手の低・中音域の響きは切々と胸に迫り、魂の底からゆさぶられます。そして花形楽器としての面目躍如たる右手の華やかなバリエーション。これらはまちがいなくバンドネオンに魅せられた人たちがもつ共通の思いでありましょう。

 しかしタンゴの歌に登場するバンドネオンはほとんどが悪役です。詩のなかに時々、ドゥエンデ(duende)という言葉が出てきます。辞書を引くと“お化け屋敷に住んでいたずらをするばけもの”となっており、訳詩では「悪魔」「小悪魔」「小鬼」あるいは、そのまま「ばけもの」とされています。

 さらにひどいのはディアブロ(diablo)。これは正真正銘「悪魔」の意味です。

 これらが我がバンドネオンに与えられている役どころであり、「悪魔」や「ばけもの」まではいかなくても「悲しみ」「うらぎり」「呪い」「苦悩」といたものの象徴として登場します。

 バンドネオンが奏者の膝の上で身をよじらせ、のたうちながら嘆き、訴え、語り、歌い、うめく姿はまさに人生の縮図です。人はその姿に自分自身を見、厳しい現実を突きつけられ、過去の痛みをあらわにされ、果ては、自分の不幸はすべてこの妖しい小箱によって操られているのではないかという錯覚まで引き起こされる。

 バンドネオンが「ばけもの」や「悪魔」呼ばわりされたり、不幸の象徴みたいに言われる理由はこんなところにあるのかもしれません。

 本当なら憎らしく思うところだが何といってもそこには自分自身が写しだされていることでもあり、見れば自分の重荷を一緒に背負ってくれている面を感じることもできる。さらによく見ると「お前の不幸などまだまだ絶望からは程遠いよ、だってそこにもう光が見えてるじゃないか」と励ましてくれているようでもある。

 つまり、お化け屋敷に住んでいるとは言っても「小悪魔」「小鬼」と訳されるように、手がつけられない程たちが悪い奴ではなく、愛すべきところのある“わる”ってとこでしょう。



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