第1回演奏会 
 
W.A. モーツァルト/
 歌劇「魔笛」序曲 変ホ長調 K.620


この序曲は、Adagio の導入部とソナタ形式のAllegro よりなり、第38番交響曲第1楽章の主題と類似した躍動的な主題が曲全般にわたってフーガ的に(修飾されたカノンの形で)提示され発展する中で、印象的な3つの変ホ長調和音が展開部の始まりを告げ、一気呵成に展開・再現された後、堂々とした終結に至ります。

モーツァルトの死の年に書かれた2幕のドイツ語オペラ“魔笛”は、レクイエム(未完)・クラリネット協奏曲などとともに、モーツァルト最晩年(といっても35歳)を代表する作品です。当時の王族・貴族などのハイソな人々にのみではなく、徐々に力をつけつつあった大衆にも(むしろこちらの方にこそ)理解し楽しめるようなドイツ語の台本(シカネーダーによる)が、モーツァルトをして最大の力作を作曲させ、ドイツ語歌劇と命名させたとされます。この曲を語るとき博学で神経質な音楽学者が必ず引き合いに出すモーツァルトとフリーメーソンという密教的秘密結社との関係ですが、今日の我々がこの音楽そのものを楽しむのには、全く関係がないと思われます。

この曲で一つ特記すべき事それはオーケストラの編成であります。モーツァルトの晩年を象徴する楽器、それは前述の通りまだ発明されて間もないクラリネットです。現在の楽器もそうですが当時のクラリネットは非常に暗い陰のある低音とうるさいほど輝かしい高音を合わせ持つ新兵器でした。1777年11月14日、演奏旅行先のマンハイムの教会で初めてクラリネットを含む4種8人の木管楽器群よりなるオーケストラの響きを聴いたモーツァルトは、その美しい響きと編成の細かい内訳を父親に手紙で報告しています(本日の演奏会の編成はこの手紙のものと弦楽奏者の人数なども含めほぼ同じものです)。この愛すべき楽器とさらに教会にて宗教音楽用に主に使われていたトロンボーンを使用して、20世紀まで続くオーケストラの基本形がここに産声を上げたのです。
W.A. モーツァルト/
 ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466


この曲は書かれている調性が最大の特徴かもしれません。まず、そもそも短調で書かれていること(モーツァルトの作とされるピアノ協奏曲23曲中2曲のみ)。また、当時の慣例としてはニ短調の平行長調であるヘ長調で書かれるべき第2楽章が、下属調の変ロ長調で作曲されていることです(この調性配列は2つのト短調交響曲と同じであり、もう一方の第24番協奏曲は慣例通り書かれている)。この曲はニ短調という調性であることなどから、例の神経質で博学な音楽学者さん達に言わせると悪魔的(デモーニッシュ)だそうなのです。

確かに何かが迫りくるような第1楽章の導入部、穏やかな前半部と対称的な2楽章後半部のト短調の細かい音符の疾走、第3楽章の叩きつけるような当時としては前衛的な変化和音を用いたロンド主題が幾度となく繰り返され、いやが上にも悲劇的な色彩がこの曲の核をなしているかもしれません。

しかし、初めてピアノ以外の木管楽器3本が導入する第3クープレ主題、その長調とも短調ともとれる力のない主題が結局ニ長調の終結主題となって明るく曲を結ぶのです。現代人がこの曲に悪魔を見いだすのは少々無理がある気もします。強固に悲劇的な音楽が終結間際に突如としてお気楽に変化してしまう様は、例えば恐竜が花の出現とともに滅ばざるをえず鳥としてのみ生き残った等というとても合理的な学説に感ずるような違和感がないでしょうか。あるいは例え悪魔でも少年の純粋さには勝てないのでしょうか。

この曲はのちに、ベートーベン、ブラームスなど大作曲家たちに特に好まれ、有名なカデンツァが幾つもあります。本日は・・・、聞いてのお楽しみとしましょう。もし彼らが生きていたらその違和感をどう説明してくれるのでしょうか。
W.A. モーツァルト/
 交響曲第41番 ハ長調 K.551


さて、皆さんお気づきのようにこの解説にはあの標題が書いてありません。多くの方が或いはご存じかもしれませんが、あの標題はもちろんモーツァルト自身の命名ではないからです。さらにもう一つ大きな理由もあります。本日の我々の演奏はこの曲に対してかの標題が与えたイメージとはいささか異なっているからです。

第1楽章はAllegro vivaceであり、第2楽章は Andante cantabile、第3楽章 Menuetto Allegretto 、第4楽章は Molto Allegroなのです。一方で、我々の誰しもがこの曲のことを本来そのイメージとは異なるものだと思っている訳ではなく、敢えて言うなれば両立するだけの実力がなかったのかもしれません。

さて、この名曲を解説できる言葉は簡単には見つかりません(そういってしまうと全曲ともそうなのですが)。で、事実のみを述べることとします。

歴史的に見ればこの曲は調性、構成、オーケストラ編成ともにハイドン由来の古典的なスタイルで最高度に完成されたものです。その中心を貫く主題は、かの有名なジュピター音形[ドーレーファーミ]であり、この主題が実はモーツァルトの書いた最初の交響曲とされる交響曲第1番変ホ長調K.16の第2楽章でホルンに伴奏音として変ホ長調で演奏されます。非常によく使われる音形ですから、偶然の産物と考える方が妥当なのでしょう。が、同じホルンのハ長調のジュピター音形に、第4楽章の終結に向かう堂々たるフーガの開始を告げさせたモーツァルトは、弱冠32歳にして、自己の交響曲作曲史の大いなる環を一度(結果的には永遠に)閉じると同時に、ホルンのオーケストラにおける将来の姿をみていたかのようです。古典派の枠内で創られながら遥か遠くを見通している。この曲に存在するモーツァルトの姿は、かの映画の中で誇張されたものとは異なり、バロック音楽の完成者たる大バッハの姿に重ならないでしょうか。

モーツァルトについては、あまりに多くのことが語られており、中には後世の音楽史家が編み出した非常に面白いけれども一般的とは言いがたい説なども数多く見られるようです。そうなってしまう理由はわからなくもありません。モーツァルトの音楽の素晴らしさは、例えばバッハの音楽のようにプロフェッショナルな音楽家にこそ本当に評価しうるものでもなく、ワーグナー、シェーンベルクのように何か新しい音楽をもたらしたわけでもない。非常に健康で純粋な、しかし時として暗い面を秘めた人間の感情の機微がそこかしこに見られ、あまたのきら星のごとき作曲家達がそれ故に彼を本当の音楽家とか、音の神またはその使者、もしくは太陽!に至るまでに彼を崇め讃える。しかも、一人の音楽を愛好する人間として。すると必然的に同じ様な感性の賞賛者が詩人・文筆家の中から現れ、その賞賛の見事さ故に歴史に残る。そして、一般人の賞賛者が現れ・・・。

さらに、モーツァルトをとりまく多くの仮説・推論は、彼自身があまりにも自分の音楽そのものについては我々に多くを語っていないことも大きな要素なのかもしれません。
(傍らの隠居待ち)
 
 
<< プログラムノートへ戻る  |  次へ >>

トップページ  |  お問い合わせ
Copyright © 2005 Melos Philharmonie. All rights reserved.