第2回演奏会 
 
J. ハイドン/
 交響曲第88番 ト長調 「V字」 Hob.I-88


この曲は、断章を含めて110曲の交響曲が確認されているハイドンの最大の名曲の一つに数えられています。何故でしょうか。大きく2種類の記述がなされています。
一つはかのブラームスが絶賛した2楽章の新しい響き(ゆったりした楽章に使われるラッパと太鼓の効果)にみられる先進性であり、他方はチェロ、オーボエ、ファゴットがソロの3重奏を奏でる曲想など全曲がロマン的・オペラ的で近代性があることであり云々・・。

確かにそういった学者的な発想もあるでしょうが、聴いてみて演奏してみると、バーンスタイン(指揮者:1918-1990)がかつて青少年コンサートで語ったごとく、そこかしこにあるコミカルな面白さがこの曲の命であるように思えてなりません。しかも、それがどこからきているのかは上手く説明が出来ないのです。敢えて例えれば、普通に始まった交響曲が、場違いなメロドラマや田舎のバグパイプに脱線して、どたばた喜劇で幕を下ろすってな具合でしょうか。

他にもいかようにも例えられるのでしょうが、これ以上固定観念を植え付けたくはありませんので、皆さんに是非気楽に聴いて頂き、笑える(笑われるでなく)演奏になればと祈る事にしましょう。実は見た目お気楽な曲を演奏者が必死に演奏している違和感が最大のミソなのかもしれません。
L.v. ベートーヴェン/
 交響曲第7番 イ長調 op.92


この曲が第5、6番交響曲から5年もの沈黙の後に、ベートーヴェンとしては早い4カ月程度の作曲期間で書き上げられた頃、ウィーンはフランス軍の撤退に沸き、ベートーヴェン自身は新しい恋人に夢中で、永遠の恋人への手紙を書く2カ月程前のことであった。

よくお目にかかる記述ですが、確かに正しいようです。しかし、その熱に浮かされて書きとばした曲、とまで書いてあるものをみると、疑問を禁じ得ません。
第1楽章の長い序奏はVivace の神経質なリズム(第9交響曲の第2楽章の用法)に開放感を与えているし、第2楽章では葬送行進曲の構成を有する(弦楽主導の平行短調(イ)から平行長調の管楽部へ変化する)軽快なリズムの試みがなされ、第3楽章は本来のイ長調から遠いヘ長調で書かれた上、ティンパニが6度で調律され、新しい響きを出して効果を上げている。他の曲と同様に楽聖らしい綿密に計算された構成になっていると思われるからです。
ただ一つ、一緒に初演された第8番が期待に反して不評であったために、作曲家自身がこの曲をより低く評価するような発言をしたためそのようにも受け取る向きもあるのでしょう。

さて、ここに一つ面白い話があります。この曲には作曲された当時の編曲による管楽(木管)8重奏曲が存在するのですが、これは興味深いことに1、2、4楽章が2度下げてト長調とト短調で編曲されています。そうすることによって、編成の変化もさることながら、曲調が全く変わってしまうことは驚くばかりなのです。今回は少し、この調性について考えてみたいと思います。

まずはじめに、私は絶対音感などありませんし、作曲法の講義を受けたこともありません。しかし、ある特定の調には、その調独特の雰囲気があると思っております。ト長調は好例なのです。
ハイドンの後期の交響曲で有名な曲と言えば、第88番『V字』、第92番『オックスフォード』、第94番『驚愕』が浮かぶ人が多いと思います。これらは実はいずれもト長調の作品であり、いずれ劣らぬ面白い作品群です。第92番などはユーモアと言うよりは明晰さと透明感が際だった作品であり、第88、94、100番は明らかに意図してユーモアとウィットを織りまぜた曲という評価が一般的なのです。
そうするとト長調とはどのような調性なのか、思い当たるところではハイドンの夜の交響曲(第8番)、アイネ・クライネ・ナハト・ムジークなどで夜のイメージが浮かびますが、その一方でコミカルな性質があるのではないでしょうか。
ト長調といえば、モーツァルトでは『魔笛』におけるパパゲーノ(鳥刺し)の音楽が印象的です。そしてそれがト短調に変化するとモーツァルトの第40番交響曲のようなとても人間的な寂しさや悲しみになるのは、楽屋の裏で独り寂しくたたずむ喜劇役者を想像すると妙に符合すると思うのは僕だけでしょうか。

では、ト長調の交響曲とは他に何があるかといえば、有名な曲の中にはなんと以下の2曲ほど。ドヴォルザークの第8番交響曲が明快なボヘミア賛歌を、マーラーの第4番では交響曲の形式について・人の幸福への無邪気な願いについての強烈なブラックユーモアを、それぞれの作曲家がト長調を使って書いている程度。
何より面白いのは、かのベートーヴェンが、実はト長調の交響曲だけは書いていないのです(他の音はハ、ニ、変ホ、ヘ、イ、変ロと主だった長調では全て書いていて、7番目の長調交響曲である第8番は2曲めのヘ長調となっている)。おそらく何か冗談をいっても誰も笑えないようなオヤジであっただろうあの楽聖が、あえて避けてとおった調なのだと思うと、さらに面白くなってきますよね。ベートーヴェンの7番の編曲版から始まった連想の行き着く先は、「ト長調ユーモア系古典交響曲といえば、ハイドン師匠に楽聖も脱帽」ってなところでしょうか。先ほどの第88番の解説での正体不明の面白さがこんな所にあったとしたら・・・(まず、違うでしょうけれども)。

曲目解説に全くなっていない駄文を長々と書いてきてしまいました。「そういえば、肝心のメインのイ長調はどうなんだ」だって? いい質問です。実はイ長調交響曲もベト7の他は、それほど多くないんですよ。興味が出たら探してみて、なにか面白い発見があったら是非教えて下さい。
(傍らの隠居待ち)
 
 
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