名古屋大学古楽研究会公式ウェブサイト インデックス

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1.1.「古楽」の概要 - 1.2.簡単な音楽史 - 1.3.古楽器紹介 - 1.4.実際に視聴するには

1.1. 「古楽」の概要

ページ内の目次

  1. [1] 「古楽」「古楽器」とは
  2. [2] 調律法

「古楽」とは、言ってみれば昔の音楽を当時の様式で演奏することです。それは時に中世からルネサンス、バロック時代までの西洋音楽を指します。

時代が違えば演奏様式も変化するので、現代の楽器を使って現代の感覚のままでという訣にはいきません。古楽とは何なのかということを説明したいと思います。


[1] 「古楽」「古楽器」とは

(1) 「古楽」とは?

●歴史上、各時代に多様な音楽があった

普段、私たちが町中で耳にするクラシック音楽の多くは、その大部分が19世紀から古くても18世紀という短い時代に作曲されたもので、その演奏様式は、大概、現代(ここ数十年)の流行に則ったものです。一方、「古楽」とは、それらと同じかより古い時代に作曲された西洋音楽、或いはそれらを作曲当時の演奏様式で演奏することと言って良いでしょう。

音楽の歴史は、人類の誕生と同時に始まりました。その中でも西洋音楽の歴史は大まかに、

などというように分けられています。音楽理論や楽器、演奏様式は同時代の文化や社会とともに分岐、発達、衰頽を繰り返しており、歴史上は多種多様な音楽が存在していました。

しかし、各時代の音楽は、新しい楽器や様式が現れることによって、或いは音楽が演奏される社会的背景の変化によって、同時代の楽器とともに廃れ、途絶えていきました。

19世紀になると、バロックとそれ以前の音楽は顧みられなくなりました。バロック時代の演奏様式の伝統が、一度、完全に途絶えたのです。伝統が完全に途絶えた音楽を再演するには、どうすればいいのでしょうか? 遺された楽譜は、音楽のほんの一部しか語りません。当時の演奏様式を研究する必要がでてきます

(2) 古楽復興運動

●絶滅した音楽の復興

様々な事情で新たな流行に取って替わられたとしても、そこには普遍的な価値があり、それはどの時代の人間にも理解出来る筈です。

19世紀末から古楽復興運動が起こり、古い音楽が再評価されると共に、時代考証によりその本来の演奏様式や当時の演奏に使用されていた楽器が再現されるようになりました。そのような楽器は「古楽器(こがっき)」(early instruments)、「ピリオド楽器」(period instruments)、「オリジナル楽器」(original instruments)等と呼ばれます。また、楽曲の解釈などの当時の様式で行う演奏を「ピリオド演奏」などといいます。一方、現代の楽器は対照的に「モダン楽器」と呼ばれます。

復興運動の初期には、古楽器といえばだいたい博物館にあるものであり、職人は絶えており、その復元は困難を極めました。「モダンチェンバロ」やバッハ弓などは、様々な誤解に基づいて製作された、本当は存在しない「古楽器」の代表例です。また、当時は古い音楽に対する偏見も根強く、遅れた幼稚な音楽だとする学者が大部分を占めていました。

現在、「古楽」というと、中世からルネサンス、バロックまでの音楽のこととする人が多いようです。復興運動の発端のひとつとして19世紀におけるJ.S.バッハの音楽の見直しがあり、その流れからこれまで特にバロック音楽が盛んに演奏されてきました。モーツァルトなど古典派のピリオド演奏がされるようになったのは比較的あとのことです。

凡そ5世紀迄の古代の音楽の復興の動きも存在します。ただ、そこまで古い年代になると、記譜法が発達していなかった、楽譜が散佚した、運良く楽譜が残されていてもそれを解読出来ないなどの為に、その解明はとても困難です。しかし、古代ギリシャの音楽など再現されている演奏は僅かながら存在します。

(3) 古楽の実践

●古楽の普及

復興運動は、音楽学者によって原典主義という学問的な考え方から始められましたが、先人たちによってなされた古楽の実践は、その初期から、ただ客観に徹する訣ではなく、活力のあるとても魅力的なものでした。

1970年代以降より古楽も幅広く認知されるようになり、モダン楽器の奏法に影響を与えるまでになりました。近年では、モダン楽器を使用しつつ同時代の様式に基づくピリオド奏法による演奏会も珍しくありません。

私たち名古屋大学古楽研究会は、主に、中世からルネサンス、バロック期の西洋音楽を当時の様式と楽器で演奏することを目的としています。

[2] 調律法

古楽を演奏するときは当時の調律法も少し考慮する必要があります。

(1) 音の高低と周波数

●音が高い=周波数が大きい

音の高さが高くなるにつれて、媒質(この場合は空気)の振動数は大きくなります。例えば、現代のピアノは普通、基準音である真中のラが440Hz(ヘルツ)になるように調律されていますが、これは、そのラを弾くと1秒間に空気が440回振動するということです。基準音の高さが決まれば、あとの音は相対的に決まります。例えば音の高さが1オクターブ下がるとは周波数が半分になることなので、この場合の一つ下のラは220Hzということになります。これから音階と周波数の関係は比例でなく指数函数の関係にあることも解るでしょう。

(2) 基準音ラの周波数は相対的なもの

●場合によって基準の音の高さはまちまち

ところで、当然のこと乍ら、440という数字は宇宙の定数ではなく人間が勝手に創ったものであり、時代や地域を通じて一定している訣ではありません。例えば、ドイツ・バロック音楽のそれは現代のピッチ440Hzから凡そ半音程低かっただろうと言われています。そもそも、昔は音の絶対的高さというものはそれ程重要視されていまでんでした。440Hzが標準である現代に於いてさえ、管絃楽では442Hzが標準であり、なかには445Hzで演奏する楽団もあります。実際の演奏では、当時の様式を重視しつつも、矢張り基準音の統一が不可欠な為、466Hz415Hz392Hzをそれぞれルネサンスピッチ、カンマートーン(又はバロックピッチ)、ベルサイユピッチと呼び、今日の古楽器製作や古楽演奏の基準としています。

絶対音感を持っている人には古楽のピッチに違和感があったり混乱したりする人もいますが、慣れれば大丈夫です。

(3) 多様な音律

●音律:音と音の間の距離の決め方

しかし、基準音が定まったからといって、他の音がそのまま決まって仕舞う訣ではありません。音同士の相対的な関係を音律といい、それには様々なものがあります。

●綺麗な和音とは?

人間は単純な整数比で表される周波数の音同士を綺麗な和音として認識していると言われています。その協和音の代表例が、完全五度(周波数比=2:3)や1オクターブである完全八度(1:2)です。(21:22)などの単純でない和音は綺麗に聞こえないのです。

●音階は不完全な体系:全ての和音を完全に響かせるのは不可能

(図1)完全五度づつ上っていく場合

ドから完全五度づつ上って行くと7オクターブ上のド(ド’)に

(図2)完全八度(1オクターブ)づつ上っていく場合

ドから完全八度ずつ上って行くと7オクターブ上のド(ド”)に

例えばドとその一つ上のドは完全八度の関係、ドとその直ぐ一つ上のソは完全五度の関係ですが、ここでよく考えてみるとそれは矛盾しています。

先ず、完全五度を綺麗に響かすことに着目して、ドの完全五度上はソ、ソの完全五度上はレ、という完全五度づつ上っていく操作を12回繰り返すと、最初のドから七つ上のド(ド’とします)に辿り着きます。

次に、完全八度を綺麗に響かすことに着目して、ドの完全八度上はド、という操作を7回繰り返しても、最初のドから七つ上のド(ド”とします)に辿り着きます。

ここで、ド’とド”の周波数は完全に一致するでしょうか。仮に最初のドの周波数を1とおくと、ド’の周波数は、1に(3/2)を12回掛けて求められます。同様にド”の周波数は1に2を7回掛けて求められます。すると、

1×(3/2)12=129.74…≠128=1×27

となり、僅かにずれてしまいます。従って、完全五度と完全八度をともに完璧に綺麗に響かせることが不可能なことが分かります。これは長三度、短三度といった他の和音も同じです。

つまり、全ての和音を完璧に綺麗に響かす音律は原理的に存在しないのです。ある和音を完璧に響かせようとしたら、他の和音に必ず濁りがでてくるのです。

●色々な音律

この為、古くからこういった和音の濁りを各音にどのように振り分けるかと試行錯誤がなされました。現代でピアノなどで最も広く用いられている音律は平均律で、これは濁りを各和音に平等に振り分けるものです。中世、ルネサンス、バロック期にはまだ平均律がなく、時代や楽器によりピタゴラス音律(完全五度が綺麗に響くもの)、純正律(調律時に基準とした調が綺麗に響くもの)、中全音律(長三度の和音が綺麗に響くもの。ミーントーンとも)などが用いられており、演奏するときは考慮する必要があります。平均律でないこれらの音律では、転調をした場合、音の相対的な位置関係も変わる為、曲の雰囲気も変化します。

但し、基準音の問題は兎も角、音律については、鍵盤楽器等ではなく声楽やフレットのない絃楽器の場合は(演奏者の技術をおいておけば)音程を自由にとれるので、上記のような問題は小さくなります。

(4) 音律が違うとどうなるか実際に聴く

ウェブ上には手軽に音律の違いを聞き比べることが出来るウェブサイトがあります。以下に紹介します。

MIDIによる古典音律 聞きくらべのページ

This is a document of the website of the early music club of Nagoya university