名古屋大学古楽研究会:The early music club of Nagoya University

2 古楽について

2.1 古楽用語解説

(1)ピリオド演奏とは、時代考証に基づくクラシック音楽の演奏です(ここで、クラシック音楽というのはバロック以前の音楽や、ある種の民族音楽も含んだ西洋音楽のことです。)。

そして、時代考証には二つの側面があります。一つは、(2)古楽器(同時代の楽器)を使用することです。ピリオド楽器とも呼ばれます。

もう一つは、(3)ピリオド奏法(同時代の解釈法や演奏法)によるということです。古楽奏法などとも呼ばれます。これは、調律ピッチ、音程の取り方(音律)などの他、リズムの取り方、装飾・変奏法、演奏記号(しばしば現代と意味が異なる)、絃楽器の弓さばき、管楽器のタンギング、鍵盤楽器の指づかい、などさまざまなことに及びます。

(4)古楽とは、ピリオド演奏によるクラシック音楽のことです。あるいは、ピリオド演奏自体を指します。

ピリオド楽器には幾つかの種類があります。一つは、作曲者の時代に使用されていたもので現在まで残っているものす。そのような楽器の中には、後の時代にモダン楽器(後述)に改造されたものも多いですが、改造されたものはピリオド楽器ではありません。あの有名なアマティやストラディヴァリの楽器はこの代表例です。しかし、更にそれを再改造してピリオド様式に復元され、ピリオド楽器に戻された楽器もあります。また、現代の楽器製作家によりピリオド様式に沿って製作された楽器も多く、これもピリオド楽器と呼びます。

(5)モダン楽器とは、作曲者でなく演奏者の生きている時代の様式の楽器です。「ピリオド楽器」の対義語です。例えば、J. S. バッハの時代のヴァイオリンはバロック・ヴァイオリンと呼ばれ、私たちの時代の楽器はモダン・ヴァイオリン(いわゆる普通のヴァイオリン)と呼ばれます。(ただし「モダン・ヴァイオリン」という用語は、ヴァイオリン製作業界では意味が違ってきます。)

2.2 具体的な古楽曲

クラシック音楽は、かなり大まかに分類すると、古代(人類誕生から5世紀以前)、中世、ルネサンス、バロック、古典派、ロマン派、近現代になります。記譜法が発達する以前の古代の音楽は殆ど現存していません。

バロックといえばやはりA. ヴィヴァルディやG. F. ヘンデル、J. S. バッハが有名ですが、彼らは皆バロック後期の作曲家です。

中世のグレゴリオ聖歌や、ペロタン、G. de マショー、ルネサンスのC. ジャヌカン、ジョスカン・デ・プレ(合唱をされている方はこの2人はご存じではないでしょうか?)、初期バロックのC. モンテヴェルディ、中期バロックのD. ブクステフーデ、J. B. リュリなどをはじめ各時代に重要な作曲家がいます。

古典派のW. A. モーツァルトやL. van ベートーヴェン、ロマン派のL. H. ベルリーズ、F. ショパン、F. メンデルスゾーンのピリオド演奏の機会も増えています。

2.3 古楽をする意味

毎年、ウィーンフィルがニューイヤーコンサートで演奏するヨハン・シュトラウス2世のワルツは、このワルツのもつ独特のノリとともに、その作曲当時よりヨーロッパのオーケストラにより演奏されつづけて来ました。

しかし、中世やルネサンス、そしてバロックの音楽は、現代まで脈々と演奏されてきた訳ではありません。バロック時代にはその時代の音楽だけが演奏され、それより過去の音楽は、作曲家の勉強のために参照されることはあっても演奏されることはありませんでした。バロックも、18世紀後半には古典派の隆盛と共に忘れ去られ、練習曲等を除き殆ど全く演奏されませんでした。

バロックが再び陽の目をみるのは、F. メンデルスゾーンによる1829年のJ. S. バッハのマタイ受難曲復活公演においてです。しかしバロックが終わり約80年たった復活公演当時、楽器や演奏法、記譜法は著しい変化を遂げていたのです。

楽譜は、演奏方法の全てを演奏者に指示するわけではありません。2拍目が前のめりになるウインナーワルツ独特のあのノリは、楽譜には書かれていません。しかし、ヨハン・シュトラウス2世のウィンナーワルツの演奏には作曲当時から途絶えていない伝統があるから、師匠の教えを受け継げば独特のノリを再現できます。

しかし、録音技術のない時代、80年という歳月を経て伝統がとぎれてしまったバロックはそうはいかないのです。F. メンデルスゾーンらによって発掘されたバロック音楽は、19世紀当時においては、19世紀のロマン派音楽と同様の演奏法で演奏されました。

時代考証に基づくピリオド演奏に対して、伝統的解釈と現代楽器で演奏することを私たちは「モダン演奏」と呼んでいます。「伝統的解釈」というのは、F. メンデルスゾーンがJ. S. バッハを再発見したときから現代に受け継がれている、19世紀的あるいは20世紀的な、(多くはロマン派的な)バロック音楽の弾き方です。

ピリオド演奏は、19世紀末に起こった古楽復興運動から始まります。演奏法の復興だけではなくバロックとそれ以前の忘れ去られた楽曲を発掘していく運動でもあります。博物館にある楽器や文献の研究の結果、多くのことがわかりました。

記譜法に関しては、バロック時代の作曲家が楽譜に書いていたのは、音楽の全てではなく、大まかな構造でした。演奏者は装飾や変奏などを入れていました(J. S. バッハは几帳面だったので装飾や変奏まで楽譜に書き込んでいましたが、これこそJ. S. Bachが現代も根強い人気を誇る理由の一つです)。バロック時代のヴァイオリンやチェンバロなどの楽器の現代への再生も、厖大な試行錯誤を経て現在に至っています。

古楽復興運動は、当初は学究的側面を強くもっていましたが、次第に、ピリオド奏法をクラシック音楽の表現方法のひとつとして採用する演奏家も増えていきます。1970年代以降より、ピリオドは人口に膾炙してきて、ピリオド奏法によるCDを聴く人は増えてきました。しかし、依然としてピリオド奏法やピリオド楽器を実践するひとはごく僅かです。

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